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チェーンストアエイジ 2008年12月15日号掲載
<特集>ニッポン流通展望2009
世界の激動が店頭を変える

 2008年は、世界経済にとってはまさに激動の一年であった。米国のサブプライム問題を背景に、世界各地の景気は減速から後退へと向かい、為替レートや株価、国際商品市況は大きく揺れ動いた。そうした世界の激動は、日本の小売業の店頭にどのような形で伝わっているのだろうか。


商品市場、為替市場の大揺れ

 2008年の世界経済は、夏場までは、前年からの米国のサブプライム問題の影響で減速はしていたものの堅調を保っていた。しかし、金融セクターの混乱を背景に、原油、金属、穀物などの国際商品市場と為替市場は大揺れに揺れた。
 国際商品市場では、中国やインドをはじめとする新興国の経済発展が本格化し経済水準が向上したことで、エネルギーや食料など、多くの商品で需給の逼迫が見込まれるようになり、04年あたりから、それを先取りする形で、多くの商品価格に上昇傾向が生じていた。そこに07年夏場以降、サブプライム問題の顕在化にともなって、株や債券などの金融資産に売り圧力が高まると同時に、その裏返しとしてさまざまな商品に買い圧力が高まった。
 原油価格は、代表的な指標であるWTI先物価格が年初に1バレル100ドルを初めて突破した後、7月には150ドルに迫るまでになった。小麦やトウモロコシ、大豆といった穀物価格の上昇ペースも加速し、市場価格はいずれも市場最高値を更新した。
 こうした物資の価格上昇は、それを原料とする商品の供給コストを押し上げ、インフレ圧力を生じさせた。とくに、発電や、ガソリン、船舶用、航空機用などの燃料や化学品の原料である原油価格の急騰は、さまざまな商品の製造コスト、輸送コストを上昇させた。コストの増加分は、原料メーカーから製品メーカー、卸売業者、小売業者、輸送業者など、それぞれの商品の流通チャネルを構成する企業に振り分けられ、それぞれの企業の利益を押し下げる要因となった。
 また、上昇したコストの一部は、店頭に並ぶ商品の小売価格の引き上げという形で、消費者にも及んだ。全般的に供給過剰の傾向が強い日本においては、小売価格への転嫁は限定的であったが、消費者物価の上昇は、消費者にとっては、実質的な所得の減少を意味し、日々の暮らし、消費活動にもさまざまな影響をもたらした。ガソリン価格の上昇が自家用車の利用を抑制したのをはじめ、消費活動全般に節約志向が高まった。生活の基盤とも言える食品価格の上昇は、消費者の心理面への影響が大きかったものと考えられる。
 一方、為替市場においては、05年頃から円安基調が鮮明になり07年6月には1ドル124円台を記録したが、その後は、サブプライム問題の顕在化でドルに対する不信感が高まったことから円高に反転していた。08年初頭には110円を割り込み、3月には米国の大手証券会社ベア・スターンズの経営危機を背景にドル不信がさらに高まったことで、約12年半ぶりに1ドル100円の水準を割り込み、3月半ばには95円台を記録した。
 円高の進行は、輸出の鈍化や海外事業からの収益の円換算額の目減りなどで日本企業の事業にマイナスの影響を及ぼす。輸出に支えられている現在の日本経済へのインパクトは相当に大きなものとなる。しかしその一方で、円高は、輸入品の価格を低下させ、原材料や商品の調達コストの低下という形で、日本企業の収益にプラスにも働く。原油や穀物価格の上昇の影響を一部ではあるが、相殺する形にもなっている。


世界を巻き込む金融危機

 2008年後半には、動揺は金融界と市場だけでは収まらなくなった。世界金融危機の発生である。
 転機となったのは9月15日、米国第4位の証券会社リーマン・ブラザーズの経営破綻であった。巨額の資産と負債を抱えた大手証券会社の破綻を受けて、世界各地の金融機関が、自己資本の毀損への対応と自らの資金繰り確保のために投資や融資を急速に絞り込む信用収縮の動きが加速し、前年から冷え込んでいた金融市場は完全に凍りついた。
 その結果、世界各地で、設備投資や住宅投資、自動車をはじめとする耐久財消費といった借り入れに依存するタイプの経済活動に急ブレーキがかかり、サブプライム問題に端を発する金融セクターの混乱は、実体経済を巻き込んだ世界規模の金融危機へとエスカレートした。
 信用収縮の動きは、震源地である米国に加えて、米国の住宅ローン債権を含む証券化商品の購入を膨らませていた欧州の金融機関でも顕著となった。その影響は、それら米・欧の金融機関を介した国外からの資金流入を受けて経済成長を続けてきた新興国にも及んでいる。新興国に向かっていた資金の流れは急速に反転し、それぞれの国の消費や投資を冷え込ませると同時に、株や通貨の相場も、新興国の方が欧米諸国以上に激しく落ち込む形になっている。
 また、08年前半まで急上昇していた原油や穀物などの商品市況は、信用収縮の影響で一気に反落に向かった。原油価格はピークの約4割の水準まで低下しているし、穀物価格も小麦が約4割、大豆、トウモロコシが約5割の水準に落ち込んだ。その結果、インフレ懸念は急速に薄らぎ、多くの国が景気対策としての金融緩和に踏み切る決断を後押しした。
 そうしたなか、日本では、金融機関の資産の劣化の程度が、欧米諸国の金融機関に比べて軽微であったこともあって、信用収縮の動きも、比較的緩やかなものにとどまっている。ただ、そうした金融セクターの相対的な健全性が評価されて、再び円高が加速し、10月には一時1ドル90円台を記録した。市場では、輸出主導の製造業大企業が成長の牽引役となっている日本経済にとって円高はマイナスとの評価が一般的で、世界経済が鈍化するなかでの円高は日本企業の株価の下落を誘発した。この間の株価の下落は、激しい信用収縮下にある欧米諸国を超えるペースで進んでいる。日経平均株価は一時、バブル崩壊後の最安値を更新するまでに低下し、日本経済の先行きに対する市場の不安感の高まりを浮き彫りにした。


危機後の世界と日本

 世界規模の金融危機に対しては、米国と欧州諸国の政府を中心に、公的資金を本格的に投入しての金融機関への資本注入、不良債権の買い取り、信用保証制度の拡充などによる一般企業や個人の資金繰り支援、金融緩和、財政支出拡大といった、さまざまな対応策が打ち出されている。既に公表されている対策では不十分であるとの見方もあるが、各国政府は、状況に応じて追加的な措置を打っていく姿勢を鮮明にしている。
 また、今回の危機の元凶も言うべき金融産業の活動に対しては、過度のリスクを負った投資や、証券化商品の行き過ぎた多様化・複雑化をはじめとして、総じて活動を制限する方向での制度改革が進むことになるだろう。
 金融産業の膨張は、1990年代後半から近年まで、世界経済のダイナミズムを増幅する役割を果たしてきてもいた。今回の金融危機は、その副作用が表面化した現象であり、そこから本格的に脱却するには、国際的な枠組みでの金融制度の修正をはじめ、そうした副作用を解消していくことが必要になる。そのための具体策については、11月14日に米・欧・日に中国やインド、ブラジル、ロシアなどの新興大国も含めた20カ国の首脳がワシントンに集まって開催された第1回の金融サミットで、国際的な議論が緒に就いた。
 今後の世界経済は、しばらくの間は厳しい状況が続くことを覚悟しておく必要があるが、各国政府と国際的な協調による政策対応が順次実行に移されていくことで、世界規模の金融危機は沈静化に向かうことが期待される。そして、危機を克服した後の世界では、金融危機が発生する以前のさまざまな時代潮流が、金融危機の影響を何がしか残しながらも、再び前面に浮かび上がってくるだろう。
 大きなところでは、地球環境問題や、化石燃料や食糧などの資源の供給制約の問題、産業面では、淘汰やM&Aを通じた上位集中の傾向、個人企業やNPOを含むマイクロビジネスの叢生、日本に関していえば人口減少と少子高齢化の進行といった潮流が、引き続き大きなテーマとなる。これらは、いずれも、企業にとってはそれぞれの立場から取り組んでいくべき課題であると同時に、その動き自体が次代の経済のダイナミズムを生み出していくことが期待できる。企業経営においては、危機の深刻化への備えはもちろんだが、それと同時に、新たなダイナミズムへのチャレンジをも少しずつ視野に入れておくことが求められる。


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