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国民生活金融公庫調査月報
2004年7月号掲載 論点多彩
時代が求める新たなサクセスモデル
      

はじめに

 2004年に入り、日本経済は回復基調を強めている。しかし、私たち日本人一人ひとりの将来に対する不安感は依然として解消されていない。これは、経済不振が十年以上も続いたために、容易に自信を回復できないということもあるが、経済構造の変容によって、従来の日本社会で成立していた人生設計上のサクセスモデルが崩壊したことが大きく影響している。
 今の日本では、それまで信じていた自分自身の将来に不安が生じたり、明確なビジョンのないまま社会に出ざるを得なかったりと、あらゆる世代で将来設計が難しくなっている。これは、私たち一人ひとりの問題であると同時に、従来のサクセスモデルを失いながら、それに代わる新たなモデルを見いだせない日本社会全体の問題でもある。
 そうしたなか、ここにきて、新たなサクセスモデルの成立を予感させる動きも生じてきている。本稿では、そうした動きと、その背景となっている時代の潮流をみていくことで、これからの日本に求められる新しいサクセスモデルについて考えてみたい。


崩壊した「良い大学、良い勤め先」モデル

(1).サクセスモデルの成立と崩壊

 新しいサクセスモデルについて考える前段階として、まずは旧来型のサクセスモデルがどのようなものであって、それがどのように崩壊していったのかという点からみていこう。
 高度成長期から90年代前半まで、一貫して日本のサクセスモデルとして認知されていたのは、「より良い大学を出て、より良い勤め先に就職する」というものであった。これは、明治期から戦前までのエリートの人生パターンである「大学卒、ホワイトカラーの勤め人」という生き方が一般大衆化した結果成立したものと理解できる。
 日本人の大部分が農業と自営の小売業に携わっていた第二次世界大戦前の日本では、大学を出て官庁や企業に勤めるという生き方は、ごく一握りのエリートにしか許されていなかった。しかし、戦後の高度成長期を経て社会構造が変わり、経済水準が向上したことで、日本人のかなりの部分が、その生き方を踏襲することができるようになった(図1、2)。戦後の日本経済躍進の成果は、個人のレベルでは、全般的な生活水準の向上に加え、エリートの生き方が一般化することで享受されていったのである。


図1.大学進学率の推移 図2.ホワイトカラー比率の推移
  • 出所:学校基本調査(文部科学省)
  • 出所:労働力調査(総務省)
  • 全就業者中の専門的・技術的職業、管理的職業、事務の従事者の比率


 ただ、「大学卒、ホワイトカラーの勤め人」のコースが一般化したことで、同じコースの中でも優劣が生まれ、より良い人生設計のためには、より良い大学、より良い勤め先が求められるようになった。そうして成立したのが、「良い大学、良い勤め先」という単線階層型のサクセスモデルだったわけだ。
 良い大学を出て、良い勤め先に就職してしまえば、終身雇用制と年功賃金の下で安泰な人生設計を描ける。日本の社会全体としても、欧米の先進国へのキャッチアップという明確で直線的な路線を突き進むうえで、この構図は有効に機能していた。
 しかし、階層型モデルの下で勝者と敗者の区分が生じたことで、落ちこぼれや不登校など「敗者の問題」が深刻化していった。さらに、90年代の長期不況の過程で多くの企業が終身雇用制を放棄し、大企業の管理職層までがリストラの対象になってきたことで、「良い大学、良い勤め先」のサクセスモデルに乗っていた人々も将来への不安を抱くことになった。「良い大学、良い勤め先」のモデルは、敗者を生む一方で勝者は不在という不毛な競争を残し、サクセスモデルとしては、完全に崩壊してしまった。


(2).サクセスモデル崩壊の痛手

 近年、就職してまもない段階で離職してしまう若者や職業選択を先送りしてフリーターになる若者が増えてきているのも、旧来のモデルが崩壊し、企業への依存心の低下が先行していることの証左と考えられる。サクセスモデルのない時代に社会へ出て行かざるをえなかった、あるいは出て行けずにいる彼らの世代の存在は、日本の経済、社会の未来に大きな影を落としている。
 問題はさらに、それに続く世代にも及ぼうとしている。旧来型サクセスモデルの崩壊が明確になるにつれて、子供たちが「良い大学」を目指して勉強につぎ込むエネルギーも減退していく可能性が高い。今の小中学生の親たちは、自分自身、厳しい受験競争をくぐり抜けたにもかかわらず、それがさほど役に立たなくなったことを痛感させられている世代である。彼らが子供に受験勉強を強制する気にならなくても当然だし、子供の方もそんな親の姿を見ていれば、真剣に受験に取り組む気にはならないだろう。
 近年指摘されている小中学生から大学生までに及ぶ学力低下の問題も、学校で教える内容や教え方が悪くなったとか時代にそぐわなくなったというよりも、サクセスモデルが失われたことで、すでに子供たちの勉強に対する意欲が衰え始めているためではないだろうか。そうであれば、新たなサクセスモデルを提示しない限り、学校教育の内容をどう修正しても、子供たちの学力低下に歯止めはかからないということになる。
 サクセスモデルの崩壊は、人生設計を反故にされた大人たちから、社会へ出て行く術を見出せない若者たち、勉強する意味を見失いつつある子供たちと、あらゆる世代に不幸をもたらしている。今や、「良い大学、良い勤め先」に代わる新たなサクセスモデルを提示することは、日本の社会にとって、喫緊の課題となっている。


新モデル構築を迫る時代潮流

 旧来型のサクセスモデルが崩壊した直接的な契機は、90年代の長期不況で、企業が終身雇用制を維持できなくなったことにある。しかし、その背景には、人と仕事の新しい関係を求める企業部門からの要請と、人々に新しいタイプの人生設計を促す社会全体からの要請が存在していた。それらは、旧来型モデルからの離脱と同時に新たなモデルを求めるものでもあり、それらの構図を考え合わせることで、これからの日本にふさわしい新しいサクセスモデルのイメージは、おのずから浮かび上がってくる。


(1).企業部門からの要請−職業教育の高度化と外部化−

 加速的に進む技術革新に伴って、モノづくりやサービスの現場において、さらにはオフィスワークにおいても、生産活動の内容が高度化し、働く人々には従来よりもはるかに高度な技能や専門性が要求されるようになっている。その習得は、従来のように実務を通したトレーニングだけでは難しく、多くの職種において、専門的な教育課程を履修する必要性が高まっている。
 その一方で、人材育成における企業の役割は後退する傾向にある。短期的には、近年の厳しい経営環境の下で、半人前の人材を雇用したうえで教育していく余裕がなくなってきたことがある。
 より長い目で見ても、その傾向は一段と加速する可能性が高い。今後、経済成長が鈍化していくことが予想されるなかで企業が生き残っていくためには、技術進歩や消費者の変化に合わせて、企業自身が常に変化していける体制、企業活動のフレキシビリティーが、きわめて重要な要素となる。そうなると、雇用の流動化は避けられない。企業は、長期的に人材を抱え込んで自社独自の教育を施すよりも、事業の遂行に必要な能力をもっている即戦力の人材をときに応じて集めたり手放したりしながら事業を進めていくようになることが予想される。
 こうした趨勢を考えると、これからの時代を生きていくためには、何らかの技能や専門性を身に付けることが不可欠であり、その選択や費用負担も、個々人がそれぞれの判断で行っていく形になっていくものと予想される。この流れは、新たなサクセスモデルを考えるうえで重要なポイントとなる。


(2).社会からの要請−現役期間の延長−

 かつての日本は、現在に比べて寿命が短かかったことと、一生働き続けることのできる農業や自営小売業に従事する人が大半だったため、仕事を離れた「余生」というものは、あまり一般的ではなかった。ところが、長命化が進んだことと、人々の仕事が定年のあるサラリーマンへシフトしたことで「余生」が一般化し、その期間も延び続けてきた。
 余生の生活にかかる費用は、現役で働いている間に貯めておくことが基本だが、それを社会的にサポートする意味で、公的な年金や医療保険の仕組みが整備されてきた。しかし、長命化に加えて少子化が進み、現役世代と余生を送る人々の数的なバランスが崩れたことで、それらの仕組みを維持することが難しくなってきている。
 そこで求められるのが、余生の短縮、裏返せば現役期間の延長である。まず考えられるのは、年金や医療保険の給付水準を削減することで、高齢者を半ば強制的に働かせるという方向性だ。しかし理想をいえば、年をとってからもそれぞれの事情や意欲に合わせて何らかの仕事を続けられるような枠組みを整え、高齢者の自発的な現役延長を促し、結果として年金や医療保険のスリム化につなげるというシナリオが望ましい。
 とはいえ、定年後どころか40代や50代の人でさえ職を失うことが珍しくない現状にあって、企業に定年延長を強制したり、定年後の再雇用の受け皿を用意させたりすることは容易ではない。むしろ、5年、10年先をにらんで、現役世代に対して、高齢になっても仕事を続けられるような準備をするように促し、支援する方が現実的だ。
 その一つは自営業の支援である。かつての農業や小売業もそうだが、自ら生産手段を保有して事業を営む自営業は、高齢になっても現役を続けられる職業の典型である。旧態依然とした農業や小売業では難しいが、今後さらに増加することが予想される新しい技術やアイデアをベースにしたベンチャー企業は、定年のない仕事を増やす要因として期待できる。そして、もう一つが、専門職、技術職である。これまでの実績からも、医師や弁護士などの専門職や技術職は、高齢になっても現役を続ける人の割合が高いことが知られている。
 ベンチャーや専門職、技術職といった定年に縛られない生き方は、個々人が高齢化社会を生きていくうえでの有力な選択肢である。同時に、そうした生き方を選ぶ人が増えることは、社会保障の枠組みを維持しやすくなり、社会全体にとっても望ましいことと評価できる。


想定される新たなサクセスモデル

(1).プロフェッショナルへの道程

 以上でみてきた企業部門と社会からの要請を考え合わせると、これからの日本のサクセスモデルの根幹が、技能や専門性を身に付け、企業などの勤め先に依存せずに自分独自の人生を設計できる「プロフェッショナル」を目指す道程であることはおのずから明らかだろう(図3)。自らの技や発想をベースに事業を起こしていくことも、その発展型と位置付けることができる。

図3.時代潮流が促す「新たなサクセスモデル」の確立


 旧来型サクセスモデルにおいては、「○○大学卒」という学歴を手に入れるために勉強するのが実態で、いったん大学に入ってしまえば、それ以後は勉強はしないという風潮があった。それに対して新しいサクセスモデルでは、プロとしての技能や専門性の獲得そのものがサクセスの前提条件として設定されているため、社会全体でみれば、人的資源の質的向上が期待できる。
 それを予感させる動きは、すでに企業の側にも個人の側にも出てきている。企業の側では、即戦力の人材を中途採用することはすでに普通に行われているし、そのために人事体系を整備し直す動きも広まっている。個人の側では、大学生が各種の資格取得を目指して大学以外の教育機関にも通う、いわゆる「ダブル・スクール」の流行や、専門職としての企業経営の技能を証明するMBA(経営学修士号)の取得を目指す学生や社会人の増加といった動きがみられる。
 2003年11月に出版された「13歳のハローワーク」が100万部を超えるベストセラーになったことも一つの象徴といえるだろう。村上龍氏の企画・執筆による同書は、医師や弁護士、最近人気のゲームプランナーやソムリエなど500種類以上の仕事について、どんな仕事なのか、どうやったらその仕事に就けるのか、といったことを紹介した、「仕事の図鑑」とでも呼べそうな本である(Amazonの紹介ページへ)。この本のヒットからも、子供たちの進路を、大学選びではなく仕事選びから考えてみようという発想が広まりつつあることがうかがえる。


(2).期待されるシナリオ

 これらの動きは現段階では一部にとどまっており、定型化されたサクセスモデルとは程遠い。しかし、2004年に立ち上がったロースクール(法科大学院)を端緒とする専門大学院構想には、プロフェッショナルへの道程がパターン化、定型化され、サクセスモデルとして確立される第一歩となることが期待される。
 次のステップでは、それを一部のエリート養成にとどめず、対象となる職種・技能を多彩な領域に広げ、それぞれを公的な資格制度などで権威付けしていくことが求められる。対象になりえる分野は、IT関連のさまざまな技能、製造現場での諸技術、デザイン、金融工学、情報検索、介護サービス、マーケティング等々無数にある。これらの教育カリキュラムや資格が権威をもち、サクセスへのパスポートとなるためには、それらが人材を使う側である企業のニーズを反映したものであることが前提となる。
 また、生産活動の高度化が加速度的に進行していることを考えると、プロフェッショナルとしての人生においては、生涯を通じて技能と知識をブラッシュアップし続けることが要求される。それを前提にすると、新たなサクセスモデルにおいては、学ぶ場と働く場の双方が、あらゆる年齢層の人に対して開かれていることが望ましい。
 そうしたプロフェッショナル教育の担い手としては、専門大学院構想を進める大学のほか、各種の専門学校や、分野によっては受験産業のノウハウも生かされるかもしれない。企業の人材ニーズの把握が重要なポイントとなることを考えると、まったく新しい参入者が台頭する可能性もある。むしろ、新しいサクセスモデルの構築には、既成の大学や学校の枠組みを超えた新しいエネルギーの注入がカギを握ることになるだろう。


(3).選択を支援する仕組みも重要に

 プロフェッショナルへの道程がサクセスモデルとして機能するためには、そこへ入っていくための「前段階」の仕組みも必要になる。というのは、プロフェッショナルへの道程は、多様な選択肢の中からそれぞれが道を選び取る複線型のモデルであり、個々人の選択を支援する仕組みが不可欠になるためだ。
 その仕組みを加えることで、新しいサクセスモデルにおける教育システムは、自分の適性と世の中のことを学んで将来の志望を決める第一段階と、志望を実現するために勉強する第二段階という構成になるものと想定される。
 その第一段階は、旧来型サクセスモデルからのスムーズな移行を促す意味でも、現行の学校教育の枠組みを活用できれば理想的だと考えられる。それが不可能であれば、前述の「13歳のハローワーク」の内容を拡張したようなサービスが、教育産業や情報産業の企業、あるいはNPOなどによって提供されるようになることも考えられる。
 前述のように、新たなサクセスモデルにおいて、学ぶ場と働く場の双方が幅広い年齢層の人に対して開かれることを前提にすると、第一段階のサービスについても、その対象は子供や若者だけではなくなる。あらゆる立場の、あらゆる年代の人々に対して、どのような能力が求められているのか、それを獲得するにはどうすればよいのかといった情報を提供し、人生設計を支援していくサービスが必要となるだろう。


おわりに

 以上、企業部門と社会からの要請と、すでに見え隠れしている未来への胎動とを考え合わせることで、これからの日本に望ましい新たなサクセスモデルを想定してみた。時代は確実に新たなサクセスモデルの成立に向かって動いている。
 とはいえ、現在見えているのは、旧来型サクセスモデルの喪失にともなう暗澹たる事態ばかりで、新たなモデルの萌芽はごく限られたものに過ぎない。旧来型モデルにしがみつこうとしている企業や個人の存在が、新しい流れを妨げている面もある。
 今はまだ小さな萌芽を、早急に、そしてより望ましい形に育てていくためには、新たなサクセスモデルを軸とした新しい時代の経済の全体像を描き出したうえで、社会全体のコンセンサスを醸成することが欠かせない。私たち一人ひとりに、従来の常識にとらわれずに時代の変化を見据えることが求められている。


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