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読売ADリポートojo 2000年10月号掲載
「経済を読み解く」第7回
景気の考え方−低成長時代に向けて−

 今年の春ごろから景気は回復に向かっている、というのが大方のエコノミストの判断である。ところがビジネスの現場では「ちっとも良くなんかなっていない」という声が強い。これはどういうことなのだろうか。


景気の基準は需要拡大のペース

 「景気」とは、経済の調子の良し悪しのことだが、生活とか消費の様子というよりは、企業活動とか仕事の視点に立った概念だ。そのため、景気判断では、需要が順調に拡大しているかどうかが、もっとも重要なポイントとされてきた。
 需要が拡大していれば、企業は売り上げを伸ばして利益を拡大しやすい。働いている一人一人にとっても、ノルマの達成も新規顧客の開拓も容易になる。逆に需要拡大が鈍れば、企業活動は後ろ向きにならざるを得ない。ノルマの達成は難しくなり仕事が面白くなくなる。
 景気判断が需要の拡大ペースに左右されるのは、エコノミストもビジネスマンも同様である。エコノミストの観測と現場での実感にズレが生じるのは、両者の間に、方向を見るか水準を見るかという基本的な違いがあるためだ。


実感のない景気回復

 左ページの図は、時間とともに良くなったり悪くなったりする景気の動きを模式的に表したものだ。現場の実感は、その時点で景気がどの水準にあるかに左右される。つまり、景気がある程度の水準に達するまでは、景気回復は実感されない。
 それに対して、エコノミストの判断は、上向きから下向き、あるいは下向きから上向きに、方向転換するポイント(たとえば図のA点)を重視する。ただ、彼らは統計データを重視するため、景気の回復を確認するまでには、実際の転換点から少なくとも半年程度は遅れる。その間、景気が順調に改善を続けていれば、エコノミストが「回復」と判断するころには、現場でも回復の実感が生まれていることになる。
 図でいえば、Bの時点で、エコノミストはAの時点のデータをもとに回復を宣言し、ビジネスマンはリアルタイムのB時点の状況として回復を実感するという具合だ。
 かつては、こういう形で、エコノミストの判断と現場の実感のズレは目立たなかった。ところが今回の回復局面では、転換点を過ぎた後の改善幅がきわめて小さいため、エコノミストの判断と現場の実感に、ズレが生じてしまったのである(図のC点)。

景気変動のイメージ図


拡大ペースの減速は時代の流れ

 今回の景気回復は、政府支出の大幅な拡大で悪化にブレーキを掛けた後、企業のIT関連投資が拡大したことが契機となった。企業の利益も回復に向かいつつある。
 問題は個人の方だ。厳しい競争を繰り広げている企業が、少々利益が増えたからといって従業員の給与を引き上げることは考えにくい。それどころか、雇用不安は依然として根強い。日本の企業は、全体では100万人単位の過剰労働力を抱え込んでいる。それが何らかの形で解消されるまでは、人々の雇用不安は消えず、個人の需要が本格的に回復することもないだろう。
 春先に比べて、回復の足取りが確かになっているのは間違いないが、現場で景気回復を実感できるまでには、今少し時間がかかりそうだ。
 振り返ると、バブル崩壊以来10年にもわたって、景気回復は実感できなかった。そして、この先も、需要拡大が加速する見込みは薄い。たとえ一時的に拡大ペースが上がったとしても、労働力人口の減少や環境面での制約を考えると、いずれは需要拡大を減速させざるを得ない。
 そう考えると、今やるべきことは、経済成長の回復を待つよりも、低成長下でも、私たちの雇用や所得が脅かされないような仕組み作りということになる。


景気に振り回されないために

 まず必要なのは、セーフティーネットの拡充だ。需要の伸びが減速すると、体力のない企業は事業を維持できなくなる。そうした企業は、当座は救済できても、低成長時代を生き抜くことは難しい。これからの時代にふさわしいのは、企業そのものを保護する政策ではなく、企業で働く人々や自営業者のために、職を失った際にも生活を維持できるための社会保障制度や、新しい職探しを支援する仕組みを整えることだ。
 もう一つは、企業組織や、私たち一人一人の価値基準の転換である。低成長の時代には、過去からの延長線上で事業を成長させることよりも、時代の変化に対応したまったく新しい事業への取り組みを高く評価するような考え方がふさわしい。実際、ここ数年間で、そうした考え方で人事評価を行う企業が増えている。個人のレベルでも、新規事業への挑戦にやりがいを見いだす人が珍しくなくなった。
 私たちの価値基準や考え方は、政策や制度に先行して、低成長時代に適応しはじめている。景気のどん底で生じたこの流れは、まだ不確かではあるが、日本経済が将来の低成長時代に備える最初の一歩となるだろう。


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