消費者を相手にするリテールビジネスは、基本的にはドメスティックな産業である。リテールの業態、ビジネスモデルは、国ごとの異なった環境に適応して異なった進化を遂げたものだ(本誌2002年7-8月号「流通産業構造」参照)。ところが、世界レベルの大手企業の一部は、70年代から国外で事業を展開しはじめ、その動きはここにきて一段と加速している。以下では、リテールビジネスの国際展開と、それに伴う日本の企業や消費市場への影響について考えてみたい。
1.成長の限界と「資本の論理」
国外での事業展開を進めてきたリテーラーの多くに共通する背景は、国内での成長が限界に達しつつあるという点である。少なくとも、国内での事業展開だけでは株主を満足させられるだけの成長性を維持できなくなってきているのである。
その背景は大きく二つのタイプに分けられる。一つは、自国の商業規制の厳しさが要因になっているタイプで、カルフール(Carrefour、仏)、メトロ(Metro、独)など、フランスやドイツの大手流通業がこれにあてはまる。これらの国では、大規模店間の競争が緩やかで、企業としては利益を出しやすい状況でもある。規制によって、成長性を奪われる一方で、収益性は確保しやすい構造になっているわけだ。
もう一方は、自社および同業者が巨大になりすぎ、国内市場が飽和しつつあるタイプである。一社で国内食品市場の約3割を押さえている、オランダのアホールド(Ahold、店舗名はアルバートハイン、Albert Heijn)、上位5社が食品市場の6割を占めている英国の最大手テスコ(Tesco)。世界最大の消費市場を舞台に世界最大の流通企業となったウォルマート(Wal-Mart、米)もこのタイプだ。また、ブーツ(The Boots)やボディ・ショップ(The Body Shop)など、英国のハイストリート・ショップの中にも、同様の背景で国外進出を図る企業は多い。これらはいずれも、厳しい競争の末にライバルを飲み込み、あるいは打ち倒し、確固たる収益基盤を築いた企業である。
どちらのタイプであれ、高い収益性を維持しながら成長の限界に直面したことが国外進出を促したという点は変わらない。高収益は投資資金の豊富さに直結する。成長余地に見合う以上の投資資金は、出口を求めて国外に溢れ出した。彼らの国外進出は、いわば「資本の論理」に促されてのものだったのである。
2.成否を分ける「小売の論理」
巨額の投資資金を武器にしても、進出先の消費者ニーズと商業規制に適応した事業でなければ成功はおぼつかない。「資本の論理」だけでなく、「小売の論理」に則っているかどうかが、事業展開の明暗を分けることになる。
国外での成功事例を見ていくと、流通産業が未成熟で地元勢との競合のない地域で、Hyper Market(以下HM)をはじめとする大型総合業態の店舗を展開していくパターンが一つの典型となっている。この場合、南欧、東欧、南米、アジアの国々が対象とされてきた。
これは、近代的な小売業態がないため、ワンストップ型の業態へのニーズが強いという現地の事情を受けてのものだ。ウォルマートやカルフール、メトロはもちろん、総合業態の経験がほとんどなかったテスコも、東欧やアジアでは、HM主力での展開を選択している。これらはいずれも、資本の論理と小売の論理がかみ合ったケースといえる。
逆に、日本、米国、西欧、北欧といった流通先進地域では、国外勢による総合業態店舗の自力展開は、大半が失敗に終わっている。カルフールの英国進出、その逆のマークス・アンド・スペンサー(Marks & Spencer、英)のフランス進出などがそうだ。これは、小売の論理に反した展開だからだ。流通先進国では、各国の事業環境に適応した大型総合業態がすでに成熟しており、ワンストップ・ショッピングのニーズはすでに満たされている。
総合業態の場合、進出先に成熟した企業が存在するケースでは、他国で育ったビジネスモデルを導入しても、小売の論理に従って進化してきた地元モデルにかなわないのが普通だ。かといって、地元勢と同じビジネスモデルで後追い的に事業を展開したのでは、技術などの面で少々の優位性があっても、事業トータルで競争に打ち勝つことは難しい。
したがって、流通先進国をターゲットにした総合業態の進出は、すでにある程度の事業基盤を築いている地元企業との提携なしには考えにくい。このパターンでは、グローバルリテーラーとしてのノウハウや調達力、資本力を加えることで企業価値を高め得る企業を選ぶことが前提となる。アホールドによる一連の米国スーパーマーケット・チェーンの買収、ウォルマートのアズダ(Asda、英)買収などがそれだ。ウォルマート?西友のケースも、このパターンを目指したものといえるだろう。
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ウォルマートが買収したアズダの新型業態の店舗 |
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3.専門特化型業態の国際展開
小売の論理に則って各国独自のリテールビジネスが成長するといっても、消費者は時代とともに変化している。たとえ先進地域であっても、地元企業が消費者のすべてのニーズに対応できているとは限らない。むしろ、「隙間」は常にあるといった方が近い。この隙間ニーズに対応することで、国外の企業にも、地元勢との競合を回避し、独自の市場を築ける可能性がある。その意味で、リテール先進地域への進出では、大型総合業態よりも、特定の隙間ニーズに狙いを絞って事業を構築できる専門特化型業態の方が多彩な可能性を持っているといえるだろう。
最も典型的なケースが、マクドナルド(McDonald's)やバーガーキング(Burger King)など、米国発のファストフード・チェーンだろう。彼らの市場浸透力はきわめて強力である。フランスでは、伝統的な食文化を破壊する存在として、彼らを排斥する動きも見られるほどだ。また近年では、スターバックスコーヒー(Starbucks Coffee、米)の英国進出のケースが目立っている。「紅茶の国」というイメージの強い英国であるが、オフィスやレストランではコーヒーも飲まれている。ただ、おいしいコーヒーを出す店はきわめて少なかったそうで、そこに隙間ニーズが生じていた。その隙間にピッタリとはまったのがスターバックスだったというわけだ。
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ロンドンで急成長中のスターバックスの店舗(左:Oxford Street、右:Carnavy
Street) |
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専門特化型業態は、商業規制が緩やかで資本市場が早くから整備されていた米国と英国で、特に多彩な発展を遂げてきているが(本誌2002年7-8月号「流通産業構造」参照)、国際展開という意味では米国勢の浸透力が圧倒的に強い。ファストフード・チェーンやスターバックスのほかにも、トイザらス(Toys'R'Us)やGAPなど、多くの米国発祥の専門店チェーンが欧州や日本で事業を展開している。
これは、第一には、米国において成長資金を調達するための金融市場が最も整っていること、加えて成長に対する株主の要請の強さといった金融面の要因のためと考えられる。さらに、さまざまな文化的背景を持つ人々で社会を構成している米国では、多様なリテールビジネスが生まれ、その中から他の文化圏で通用するものが輩出されているということもあるだろう。
欧州勢では、英国のボディ・ショップが米国で約300店、日本で約100店を展開しているのが目立つくらいである。同じ英国のブーツは、日本からは撤退し、残っているのは欧州域内とアジア地域だけになってしまっている。また、日本勢では、MUJI(良品計画、店舗名は無印良品)、ユニクロ(ファーストリテイリング)、吉野家などが欧米に進出しているものの、米国勢の国外展開とは比較にならない。
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ロンドンに進出したユニクロの店舗 |
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4.国外発ビジネスモデル導入の可能性
国外から入ってくるのは、必ずしも企業そのものとは限らない。それぞれの国の企業が、国外にある業態やビジネスモデルを導入するケースも多い。その場合、オリジナルの企業と合弁会社を作るケースのほか、ライセンス契約の締結、技術供与や商品供給を受けるケースなど、さまざまなパターンがある。場合によっては、オリジナル企業とは無関係に、コンセプトだけを持ってきて独自に事業化することもある。
近年、ロンドンでは回転寿司がブームになっているが、いくつもあるチェーンのうち、もっとも順調に成長しているのは、日本の資本を入れずに英国人が独自に展開しているYo-Sushiというチェーンである。97年に最初の店舗をソーホーに出して以来、すでに英国内に12店舗を開設している。単独店のほか、セルフリッジ(Selfridges)やハーベイ・ニコルズ(Harvey Nichols)といったデパートやショッピングセンターのフードコートにも出店している。Yo-Sushiの店で回っているのは寿司だけでなく、刺身やチキンカツなどの一品料理、ケーキやフルーツなどのデザートと幅広い。注文すれば、味噌汁やうどんもある。いろいろな料理がベルト・コンベアで流れてくるという仕組みに加え、飲み物を積んだ自走式のロボット・カートに店内を回らせるなど、娯楽性を前面に押し出すことで人気を博している。そういったギミックな娯楽性と日本食の組み合わせが、英国市場向けに英国人が発展させた「英国式回転寿司」だったのである。
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Paddington駅構内のYo-Sushi |
Yo-Sushiの寿司以外のメニューの一部 |
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また、スターバックスの英国進出も、そもそもは英国在住の起業家によるビジネスモデル導入が、その原点になっている。シアトルからロンドンに移り住んできたアリー・スーヴェンソンという女性が、ロンドンで売られているコーヒーのあまりのまずさに、慣れ親しんだシアトル風のコーヒー・ショップを出すことを思いついた。「シアトルズ・コーヒー(Seattle's Coffee)」と名付けられた彼女のコーヒー・ショップは大当たりで、95年の1号店オープンからわずか3年で、ロンドン市内に50を超える店舗を持つまでになった。スターバックスは98年、彼女の事業を買収する形で英国に進出したのである。
国外のビジネスモデルや業態を導入するにあたって、オリジナルの企業が持つ独自商品やノウハウ、ブランドが重要な場合には、その企業の進出、導入が必須の条件となる。しかし、回転寿司やシアトルズ・コーヒーの例からいえるのは、アイデアやコンセプトがカギを握っているケースでは、必ずしもオリジナル企業自身、あるいはそれを巻き込んだ計画ではなくても、事業化は可能だということである。
5.日本へのインパクト
リテールビジネスの国際展開が日本の企業、市場に与える影響を理解するには、総合業態のケースと専門特化型業態のケースに分けて考える必要がある。
まず、総合業態に関しては、欧米の大手流通企業の日本参入と、国内流通業界の再編がどう絡んでいくかが焦点となる。前述のとおり、今後の外資系総合業態企業の日本進出にあたっては、既存の国内企業、それもある程度の事業基盤をすでに築いている企業の買収、ないしは資本参加という形が主流になる可能性が高い。パートナー候補としては、業績不振で評価を落としている大手GMSと、堅調な業績を維持している各地域を代表する食品スーパーといったあたりが考えやすい。
それに伴って、日本の流通業界の地図は、大きく書き換えられることになるだろう。縮小均衡を迫られている「負け組」の企業や、すでに破綻した企業の店舗が、国外の大手流通企業の傘下に入ることで整理をまぬがれて生き長らえることもあり得る。その場合にはオーバーストアの解消が遅れ、消耗戦的な状況がさらに長引くことになるだろう。それとは逆に、潤沢な資金を使うことで店舗の整理が一気に進むことも考えられる。そのどちらに転ぶかで、日本の流通産業の事業環境は、まったく違ったものとなる。
他方、専門特化型業態に関しては、国外発のビジネスモデルは、進出してくる国外勢だけでなく日本企業にとっても、重要なビジネスチャンスと位置づけられる。国外発のビジネスモデルは、日本の消費者をひきつけるうえでの武器として、業績不振の打開策となる期待もあるからだ。また消費者にサービスの向上や選択肢の拡充をもたらすことで、消費市場の活性化にもつながる。
この観点からは、多彩な成長を遂げている米国や英国の専門店企業もさることながら、いまだ自力で国際展開を図るほどの規模ではないドイツやフランス、さらには南欧、中東欧の専門店の業態、ビジネスモデルに、多くのヒントがあるものと考えられる。
日本の流通産業、消費市場の将来像を見通すうえでは、総合業態、専門特化型業態いずれにおいても、リテールビジネスの国際展開がきわめて重要なファクターとなる。従来あまり注目を集めることのなかった欧州のリテールビジネスとの関係も、今後はさらに重要性を高めていくだろう。
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連載 流通産業 欧州からの視点
■vol.1 流通産業構造−国ごとの独自性の背景−
■vol.2 商業規制−マクロの視点と生活者の視点−
■vol.3 リテールビジネスの国際展開−「資本の論理」と「小売の論理」−
関連レポート
■リテールビジネスは創造力の時代へ
(日経MJ 2004年12月6日付第2部「新卒就職応援特集」掲載)
■流通産業の歴史的展開
(The World Compass 2004年5月号掲載)
■チャンスの拡がる対消費者ビジネス
(The World Compass 2003年11月号掲載)
■小売業界の主役が代わる−外資、商社の参入と商業集積の発展で揺れる小売業の未来像−
(チェーンストアエイジ 2003年9月1日号掲載)
■日本の小売市場動向
(チェーンストアエイジ2002年9月1日号掲載)
■目前に迫る注目グローバルリテーラー−日本上陸のシナリオ−
(チェーンストアエイジ2002年8月1日号掲載)
■特集「ウォルマート日本上陸 流通新再編の遠雷」より 英国 三強体制の行方
(チェーンストアエイジ2002年8月1日号掲載)
■リテールを考える−欧州・日本の対照からの考察−
(The World Compass 2002年3月号掲載)
■ロンドンのスターバックスと回転寿司
(Views Europe Special 002)
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