Europe Special 002 2002年2月25日
ロンドンのスターバックスと回転寿司

1.スターバックスの躍進

 初めてロンドンの街を歩いて驚いたこと。それはスターバックス(Starbucks)の多さであった。街中いたるところ、中心部ではブロックごとにあると言ってもいいほどだ。スターバックスの本拠地シアトルでも、さすがにスターバックスだらけだと感じたが、ロンドンもほとんどそれとかわらない印象である。同社ホームページのリストで数えてみると、ロンドン市内の店舗数は約120。東京とほぼ同数であるが、ロンドンの市街地の広がりが東京の三分の一程度であることを考えれば、「どこにでもある」といっても言い過ぎではないだろう。
 スターバックスの増殖は比較的最近のことで、1995年以降のことである。といっても、最初からスターバックスが進出してきたわけではない。シアトルから移り住んできたアリー・スーヴェンソンという女性が、ロンドンのコーヒーのあまりの不味さに、慣れ親しんだシアトル風のコーヒー・ショップを出すことを思いついたのがそもそものはじまりで、「シアトルズ・コーヒー(Seattle's Coffee)」と名付けられた彼女のコーヒー・ショップは大当たり、わずか3年でロンドン市内に50を超える店舗を持つまでになった。スターバックスは98年、そのチェーンを買収する形で英国に進出してきたのである。

Oxford Streetのスターバックス Oxford Streetのスターバックス
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 コーヒー・ブームの担い手はスターバックスだけではない。複数のチェーンが競い合う状況で、本稿を書いている最中の2月18日にも、三番手のカフェ・ネロ(Caffe Nero)が、マクドナルドが展開してきたアロマ(Aroma Coffee Bar)を買収、英国全体で107店舗となり、二番手のコーヒー・リパブリック(Coffee Republic)を店舗数で追い抜くというニュースが入ってきた。既に競争激化から、淘汰、寡占化へと向かう流れが進みはじめているようだ。

アロマを買収するカフェ・ネロ マクドナルドが展開してきたアロマ
二番手のコーヒー・リパブリック コスタ・コーヒー
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 紅茶の国、英国でのコーヒー・ブームは、近代に入ってからでは二回目のことになるらしい。一回目は50年代、インスタント・コーヒーの登場によってもたらされたブームである。この時期に、インスタント・コーヒーに対抗するために考案されたのがティーバッグだそうで、その急速な普及によって紅茶を飲む習慣は守られた。
 それでは今回はどうかというと、紅茶サイドの動きはほとんど見られない。わずかに、老舗の紅茶商で小売店もチェーン展開しているウィッタード(Whittard)が、コーヒー・バー、エスプレッソ・バーに対抗した"t-Bar"、紅茶の新しい飲み方を提案・紹介するスポット"t-Zone"を開設したくらいのようだ。t-ZoneはSohoとCovent Gardenの2店舗だけ、t-Barにいたっては観光客の多いBaker Streetに1店舗出しただけで、それも1年ほどで閉めてしまっている。

Sohoのウィッタード 2階が“t-Zone”
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 これは、紅茶が飲まれるのは主として家庭であり、インショップ、あるいはテイクアウトでもオフィスで飲まれることが多いコーヒー・ショップのコーヒーとは、さほど競合していないためであろう。インスタント・コーヒーの登場とは意味合いが違うのである。消費市場での競合は、商品としての類似性以上に、消費行動における位置づけの類似性に左右される。その意味で、英国におけるスターバックス、というよりもその前身のシアトルズ・コーヒーは、従来なかった新しい消費行動を喚起し、新しい市場を創造したと言えそうだ。
 スターバックスは、2001年からスイス、オーストリアを皮切りに欧州大陸への進出を開始した。いずれはカフェの本場、フランス、イタリアへも乗り込む計画だ。そこでは、英国の場合と違い、各国の伝統と正面からぶつかり、既存の需要を既存のサプライヤーから奪い取ることが必要になる。スターバックスの世界戦略も、いよいよ正念場となりそうである。


2.回転寿司の人気

 ロンドンでもう一つ目を引くのが、回転寿司の人気である。セルフリッジ(Selfridges)やハーベイ・ニコルズ(Harvey Nichols)といったデパートのフードコートにも入っており、行列ができるほどだ。ロンドンの回転寿司の草分けは、94年、Liverpool Street駅の構内に開設された"Moshi Moshi Sushi"である。寿司自体の低カロリー、健康的というイメージに加え、回転寿司では手軽さ、料金の明快さ、さらには娯楽性が人気の要因となっているそうだ。確認できる限りで、英国内の回転寿司は20店ほど。日系は少数で、大半が英国人の経営である。
 最も目立つYo-Sushiは、97年に最初の店舗をSohoに出して以来、既に英国内に12店舗を開設している。単独店の他、デパートやショッピングセンターのフードコートにも入っている。
 Yo-Sushiは、飲物を積んだ自走式のロボット・カートに店内を回らせるなど、娯楽性を前面に押し出したレストランを目指しているようで、単なるファーストフードの位置づけではない。回っているのも寿司だけでなく、刺身やチキンカツなどの一品料理、ケーキやフルーツなどのデザートと幅広い。注文すれば、味噌汁やうどんもある。価格の方も、一皿1.5ポンドから3.5ポンドと、決して安くはない。
 寿司がベルト・コンベアで流れてくるという仕組みも含め、そういったギミックな娯楽性と日本食の組み合わせが英国式回転寿司であり、そのイメージは、英国人から見た日本という国のイメージとオーバーラップしているのかもしれない。

Paddington駅構内のYo-Sushi Yo-Sushiの寿司以外のメニューの一部
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3.震源地はシティか

 スターバックスや回転寿司の例に限らず、英国の「食」をめぐる状況は全般的に、ここ数年で大きく変わっているらしい。食に対して無頓着だとか、食にこだわることを恥ずかしく感じる国民だという話を聞いていたが、実際来てみるとそういう印象は受けない。食べ物の味そのものはともかく、さまざまなレストラン・ガイドが出回っているし、同様のウェブ・サイトも多い。日本ほどではないにしても、テレビの料理番組もある。テレビ・タレント的な料理人もいるそうだ。モダン・ブリティッシュの流行も続いており、シティのレストランでは、予約を取れない場合も多い。
 こうした変化がいつごろから生じているのかは、人によって感じ方が違うようだが、鮮明になったのは90年代半ばのことらしい。背景としては、まずは失業率の低下、所得水準の向上といった全体的な経済環境の底上げがあげられるだろう。そして、もう一つの重要なファクターが変化をリードする層の存在である。どうやら、シティで金融ビジネスに従事するビジネスマンがその中核となっているようだ。所得水準が高く、海外経験が豊富、知的レベルも高い彼らが変化の先駆けとなったのではないかということだ。ロンドンの「食」環境が変化したと考えられる90年代後半は、米国流のファイナンス・セオリーが世界経済を席捲した時代である。しかし、現実の金融取引の舞台としてはシティの方がウォール・ストリート以上に成長していた。
 下図は、外国為替取引とデリバティブ取引における英国、米国、日本のシェアの変化を示したものである。いずれにおいても英国の成長振りが突出している。為替取引とデリバティブのいずれも、高所得プレーヤーが多い分野であり、その舞台としての成長性が高かった英国では、消費に与える金融業界人の影響力は相当大きかったものと考えられる。ウィンブルドン現象の末に、シティでも企業としての主役は米系金融企業である。そこに勤める米国人と米国滞在経験を持つ英国人が、シアトル風のコーヒー・ショップや、モダン・ブリティッシュをはじめとする各種の高級レストランを支持したというのは想像に難くない。そこに経済全体としての底上げが重なり、人々の「食」への関心が高まったということではないだろうか。

世界の外国為替取引に占める
各国市場のシェア
世界のデリバティブ取引に占める
各国市場のシェア
  • BIS"Central bank survey of foreign exchange and delivativs market activity April 2001"より作成
  • 3年に1度の調査で、4月の1日あたり取引高の月中平均のデータからシェアを算出したもの
  • 為替は92年、デリバティブは95年との比較になっている


4.ロンドンの発信力

 スターバックスも回転寿司も、単に英国への進出、浸透にとどまらず、大陸欧州への展開へつながっている。スターバックスの大陸進出は、前述の通り容易ではないだろうが、英国での経験が活かされる場面もあるかもしれない。回転寿司の方はハロッズ(Harrods)の寿司バーを運営するSHAI社が三井物産、アサヒビールと組んで98年に開設したレストランが先鞭を付ける形でパリに進出し、既にそちらでもブームになっているようだ。
 これらはいわば、"to ロンドン"から派生した"via ロンドン"の動きといえるだろう。欧州諸国をはじめ、中東、アジアなど、さまざまな文化を背負った集団が混在するロンドンは、新しい商品やサービス、業態のテスト・マーケティングの場としては理想的だと思われる。スターバックス、回転寿司は、それぞれシアトル、日本からロンドン経由で欧州大陸へ、という展開であったが、アジアから欧州、あるいは欧州から米国、日本へと事業展開していく際の経由地としても考えられるだろう。
 純粋に"from ロンドン"という意味では、従来はファッションとエンターテインメントというのが通り相場で、最近でもハリーポッターが世界的な大ヒットとなっている。それに対して、評判の悪かった「食」の分野では、紅茶と、あえていえばウイスキーくらいではなかっただろうか。ところが、日本マクドナルドが、「本場・英国のサンドイッチを日本に持ち込む」ということで、英国のサンドイッチ・チェーン「プレタマンジェ(Pret a Manger)」と提携して、同社の店舗を日本で展開することを決めた。これが、どのような店舗となり、どのような結果になるのか興味深いところではあるが、「食」の分野での「ロンドン発」の謳い文句が、果たしてプラスの効果を持つのかは疑問である。ロンドン発を謳うのであれば、むしろ前述のウィッタードがロンドンでの展開を諦めた"t-Bar"のコンセプトの方が有効ではないだろうか。

日本進出を決めたプレタマンジェ
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 "to ロンドン"、"from ロンドン"、"via ロンドン"、いずれにしても、消費者が「食」の変化を受け入れはじめた近年のロンドンは、外食産業をはじめ「食」にかかわるビジネスにとって、きわめて大きなビジネス・チャンスをはらんでいたといえる。スターバックスやYo-Sushiは、その好機を捉えることに成功した。この状況が「食」の分野だけでなく「衣」あるいは「住」の分野にも及んでいるのか。これは、海外展開の第一歩としてロンドンを選んだユニクロの今後を考えるうえでも重要なファクターになる。そのあたりについては、次回以降、レポートしていきたい。


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