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読売ADリポートojo 2002年11月号掲載
「経済を読み解く」第31回
官民分業の可能性−サービス事業改善のための選択肢−

 前回は、「官から民へ」という潮流の中での官と民の役割分担について考えたが、今回は、そこで提示した「官民分業」の仕組みを幅広く活用する可能性について、もう少し突っ込んで考えてみたい。


鉄道無料化プラン

 まずは、具体的な事例として、鉄道事業を取り上げてみよう。もちろん日本の鉄道事業は、1987年の国鉄民営化以来、その大部分が民営事業となっている。ここに、前回述べた官民分業の仕組みを導入したら何ができるか。
 現在の鉄道事業は、乗客1人1人から受け取る乗車料金で事業のコストを賄い利益をあげる事業モデルになっている。ここに、官民分業方式を持ち込むと、個々の乗客が払う乗車料金を無料化することが可能になる。もちろん、鉄道を運行するには費用が掛かるから、その費用は国や自治体が一括して支払うことが前提だ。そのお金の出どころは、当然、人々が支払った税金ということになる。
 このモデルのメリットは、第一に、いちいち切符を買ったり、改札で切符や定期を出したりという面倒がなくなることにある。切符の買い方で迷うこともなくなり、よその国や地方から訪れる旅行者にも親切なシステムになる。また、改札の要員や自動改札機、切符の販売機など、料金徴収に掛かるコストが不要になる。したがって、税収でコストを賄うといっても、その総額は、乗客から徴収する場合の料金の総額よりは小さくてすむ。
 改札や切符を売る設備がなければ、駅のイメージは大幅に変わることになるだろう。近年、駅の構内はショップやレストランなど商業スペースとして活用されるケースが増えているが、切符の売り場や販売機が要らなくなれば、そのスペースは、商業用に使えるし、改札という仕切りがなくなれば、より有効にスペースを使うことができるだろう。


「受益者負担の原則」を超えて

 この事業モデルには、いろいろなメリットがあるものの、乗車料金が無料になるのと引き換えにコスト分が増税になると考えられるわけで、人々の合意を得られなければ話にならない。料金徴収にかかわるコストの節約と、駅のスペースの有効活用が可能になるため、全体での差し引きでは無料化でメリットが出るはずだ。しかし、1人1人の損得を考えると、得をする人がいる反面、損をする人も出てくる。増税の仕方にもよるが、鉄道をあまり利用しない人にとっては損になる可能性が高く、そうした人々の賛同を得るのは難しいだろう。
 というのも、現代の市場経済の枠組みでは、商品を買ったりサービスの提供を受けた人がその費用を負担する、「受益者負担の原則」が大前提となっているからだ。たとえ全体でメリットがある場合でも、「他人が受けたサービスの費用まで負担する気はない」と主張されれば、反論するのは難しい。
 全体として効率化のメリットがあること以外に、受益者負担の原則を超えてまで鉄道無料化のプランを正当化する論拠があるとすれば、公共交通は人々が健全な生活を営むための基礎的かつ必要不可欠なサービスであり、道路や公園と同じように、誰もが制約なく利用できるようにするべきだという理屈だろう。
 この考え方に立つと、日本中の鉄道を無料化するというよりも、地方自治体が主体となって、特定の地域内の鉄道を対象に、地域住民のコンセンサスを形成していくスタイルがふさわしいだろう。また、「基礎的な」サービスという位置付けからすると、急行や特急、グリーン車などの「付加的な」サービスは有料のままにしておくことが想定される。


「官」の役割の再設定が大前提

 鉄道事業を別にしても、実際に、受益者負担の原則に沿った事業モデルが可能であるにもかかわらず、税金から費用が支払われている事業も少なくない。前回も述べたように、直接の受益者以外にメリットが波及する学校教育や託児サービスがその典型だ。新しいところでは、社会の高齢化への対応として、介護サービスに税金を使う仕組みも導入されている。しかし、これらの事業では、官民分業の仕組みは必ずしもうまく機能していないし、提供されているサービスも質・量ともに十分とは言い難い。既存の官民分業がそういう状況であることを考えると、既に機能しているシステムの転換が前提となる鉄道無料化プランについて、人々のコンセンサスを形成して実行に移すことは現状ではきわめて困難だと予想される。
 こうした現実の背景には、国民と政府、あるいは地域住民と自治体との間に、一体感が欠けているという事実がある。日本では歴史的に、「官」とは人々を統制・管理する「お上」であり、それが政府のイメージであった。地方自治体でさえ、中央政府の出先としての機能が主で、住民の側も、自治体を自分たちの代表と認識することはほとんどなかった。官民分業の仕組みを軌道に乗せるには、そうした認識を改めて、公務員と一般の人々の双方が、「官」とは国民の代表、あるいは代理人であることを明確に認識することが欠かせない。
 今後、消費の高度化や高齢化の進行にともなって、各種サービス事業のレベルアップと効率化への要請が一段と高まることは間違いない。そうなると、受益者としての国民を代表する「官」と民間企業の分業という事業モデルは、有力な選択肢となり得る。それを実行可能にするための環境整備、なかでも大前提である「官」の役割の再設定は、これからの日本社会にとって、きわめて重要な課題といえるだろう。


関連レポート

■再浮上した成熟化の問題
 (The World Compass 2005年4月号掲載)
■「官」と「民」との役割分担−「官」の役割は受益者としての国民代表へ−
 (読売ADリポートojo2002年10月号掲載)


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