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読売ADリポートojo 2001年12月号掲載
「経済を読み解く」第21回
ユーロ登場−国境線が消えるとき−

新通貨ユーロ

 2002年1月1日、ヨーロッパに新しい通貨が登場する。euro、ユーロである。かわりに、マルクやフラン、リラといった通貨が姿を消すことになる。欧州連合(EU)に加盟している15カ国のうち、イギリスなどの3カ国を除く12の国(下図参照)が、今まで使っていた通貨を捨てて、新しい通貨に転換する。

EU加盟国とユーロ導入国(2002年1月1日)

 正確に言うと、預金や債券の発行といった金融取引や、企業間の決済では、99年の1月から、ユーロは既に使われてきた。2002年に登場するのは、ユーロの現金ということになるのだが、それによって、一般の人々にも、さまざまな影響が及ぶことは間違いない。
 現金のユーロが登場すると、ヨーロッパへ旅行するときに、非常に便利になる。これまでは、国境を越える度にマルクからフラン、フランからリラと、何度も両替しなければならなかった。手間のうえに手数料も掛かっていた。それが必要なくなる。日本円に換算するのも、ユーロと円の関係だけ覚えておけばすむ(ちなみに11月15日現在、1ユーロは約108円)。ヨーロッパの通貨間での為替レートの変動もなくなっているので、パリでの値段とミラノでの値段が簡単に比べられるようになる。


背景はヨーロッパそのものの一体化

 このユーロ、旅行者にとって便利なことは間違いないのだが、それを導入しようという国にとっては、今まで使っていた通貨を全部取り換えようというのだから、そのコストは膨大なものになる。お金を作るだけでなく、銀行や企業、官庁のシステムの転換、各種の自動販売機の変更も必要になる。それら諸々のコストを合わせると、数十兆円規模になるという試算もある。日常の生活でも、新しい通貨に慣れるまでは、さまざまな混乱が起こるだろう。
 なぜ、そうまでしてヨーロッパの国々は、自分たちの通貨を一つに統合しようとしているのだろうか。通貨統合のメリット、デメリットだけに目を奪われていては、その問いには答えられない。それは、通貨統合は、ヨーロッパという地域そのものを一つにまとめていこうという流れの中のワンステップと位置付けられるからだ。
 ヨーロッパの一体化という発想の原点は、二度にわたる世界大戦の主戦場となり、多大な犠牲を出し、国土を荒廃させてしまったことへの反省にある。ヨーロッパが経済的に一つにまとまれば、ヨーロッパの国同士の戦争はなくなるだろうという考え方だ。
 加えて、経済、産業の側面からの圧力がある。ヨーロッパ各国の制度や市場がバラバラでは、国境を超えてビジネスを行うのに不便で仕方ない。コストも掛かる。かと言って、それぞれの国に閉じこもっていたのでは、大きな市場で効率的な生産活動を行っているアメリカや日本の企業に、市場を奪われたり、企業まるごと買収されたりといったことにもなりかねない。
 ヨーロッパの企業にとっては、地理的にも文化的にも近い関係にあるヨーロッパの国々を、事業を展開しやすい一体化した市場として統合することが、ぜひとも必要だったのである。


国の消滅

 ヨーロッパの一体化は、第二次世界大戦後、着実に進められてきた。1952年の石炭と鉄鋼の分野での共同体設立からはじまり、60年代末には欧州共同体(EC)を結成し、ヨーロッパ域内の貿易にかかる関税を廃止し、域外との貿易に対する関税を共通化するなど、ヨーロッパは次第に一つの市場、一つの経済という性格を強めていった。
 参加国も、当初の6カ国(西ドイツ=当時=、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)から順次拡大して、EUとなった現在では15カ国が参加している(上図)。
 ユーロへの通貨の統合は、こうした一体化への道筋における重要なステップの一つである。通貨統合に参加するということは、金融政策をはじめ、経済政策のかなりの部分を国という単位で運営できなくなるということでもある。イギリスがEUには入っていながらユーロの導入に踏み切らないのも、この点への懸念が大きいからだ。ユーロの導入は、各国にとって、それだけ重大な選択だということでもある。
 経済の統合は、確実に「国」という枠組みの存在を薄れさせるが、その結果として、古くからの歴史を映し出した言語や文化の枠組みが、より大きな意味を持ってくる。経済が一体化していっても、言語や文化、民族の面では、依然として複雑に入り組んだ状況が残される。
 文化の壁は、必ずしも国境線とは一致しない。ヨーロッパの多くの国が、内部にいくつもの言語、文化を抱えているし、逆に、国境をまたいでつながる文化圏も存在する。ヨーロッパの地図から国境線が薄れていくとき、浮かび上がってくるのは、国境線よりもはるかに細かく複雑なモザイク模様だ。それが、歴史のかなたからよみがえる、古くて、そして新しいヨーロッパの姿なのである。


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