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本の紹介(The World Compass 2003年10月号より)
変わる家族 変わる食卓−真実に破壊されるマーケティング常識−
 岩村暢子 著・勁草書房刊

 「食DRIVE」と名付けられた定性調査から見えてきた、現代の食卓の実態を描き出した書である。若年層を中心とした食生活の乱れの問題は、以前から社会問題としてマスコミなどでも取り上げられてきた。しかし、問題は若い世代だけではないようだ。この本から見えてくるのは、子供のいる「普通」の家庭の食卓の激変ぶりと、これまで把握されてこなかった現代日本の家族の「真実」である。
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食DRIVE調査について

 1960年以降に生まれた、子供を持つ主婦を対象に、1998年から2002年まで、計6回、のべ111世帯、2331食卓を調査。

・第一ステップ:食事作り、食生活、食卓に関する意識、実態について質問紙法で尋ね、回答後回収。

・第二ステップ:1日3食、1週間分、毎日の食卓にのったものにつき、使用食材の入手経路、メニュー決定理由、作り方、食べ方、食べた人、食べた時間など、日記と写真で記録。

・ 第三ステップ:一と二をつき合わせ、分析・検討した後、矛盾点や疑問点を中心に、背景や理由を細かく問う詳細面接を実施。


本書より(構成:三井物産戦略研究所 植木希実子さん)

(1) 食を軽視する時代
「食費はできるだけ削ってディズニーランドに遊びに行ったりしたい」


 インタビューでは、「食べることに興味ないですから」とためらいなく言う主婦が珍しくなかった。「今週は忙しくて食事の支度に時間はかけられなかった」と言う主婦の多忙の理由は週3回、午前中2時間していたテニス。子どものお稽古事のある日のお昼は「時間がなくてコンビニのおにぎりを子どもと食べた」。「食べることに手をかけるより、親として、子どもにしてやりたい大切なことがある」と言う。
 現代は、「飽食の時代」ではなく、衣食住遊の中の「食」の相対的下落時代、「食」軽視の時代と言っても過言ではないだろう。


(2) 「気分」が支配する食卓
「気持ちに余裕があったので煮物を作った」


 食卓日記には「気分」「気持ち」という言葉が頻出する。作る気にならなかったら「無理しない」という主婦も多く、毎日家族にどんなものを食べさせるかも主婦の気分の問題になってきている。日常の食事作りには関心がなくとも「パンを焼くことは私の楽しみ」と答える主婦が少なくない。
 インタビューを通してあらわれたのは、彼女たちは料理ではなく「そんな気分」を味わっているということである。「自分でバジルを栽培し、バジルオイルまで手作りする」という主婦が、パスタソースに100円のレトルトを使うのは珍しいことではない。
 また、「ゴマをスープや入り卵の中に入れると、『体にいいことやってる感』がある」などの声や、「冷凍パイシートにケチャップとマヨネーズを塗り、具を乗せてトースターで焼けば、『パイ風ピザ』」などの料理も出てきた。主婦には「〜感」「〜っぽさ」が重視されている。こだわりがあるのは、本物の味ではなく、「あの本格料理」を家に取り込んだ「気分」の方である。


(3) 自己愛型情報収集
「狂牛病は私が注意してもどうにもならないことなので気にしないようにしている」


 2001年秋に国内で二頭目の狂牛病感染牛が見つかった時、メディアでは「生活者の不信感」などと報道されたが、実際の主婦の情報の受け止め方や対応の実態は違っていた。確かに食DRIVEの調査でも「政府の安全宣言」を信用できると思った主婦はいなかったが、一方で「牛肉を食べるのをやめた」という人は、十人に一人にも満たなかった。危険情報に対して知ろうとするどころか、あえて知ろうとしない、消極的な態度が目立つ。牛肉は、ほぼ全員が大好きだと答えており、好きな食べ物をガマンすることができないので、それに関する危険情報は、「気にしない」「見たくない」ということだ。
 自分のしたいこと(都合)にそって使える情報を収集し、逆の情報は「気にしない」状況は、狂牛病問題に限ったことではない。「日本人は栄養過多と聞いたからオカズは不要」、「スーパーでは一匹ものの魚は見ない」。自分に都合いい情報だけを集めて当てはめていくことを本書では「自己愛型情報収集」と呼んでいる。


(4) 子どもを躾けない母
「ファミレスのいいところは、子どもが騒いでもOKなこと」


 子どもに対し、何かを強要するのは子どもの成育上よくないこと、という風潮が食の現場においてもあるようだ。「好き嫌いがあるのは人間として仕方ない。それも個性のうちだから、無理させてはいけない」、「(食事中に)騒ぐのを注意したりしていると、親も子も、楽しく食事できないですから」。子どもたちの意思に任せるという考えの裏で、「どうせ食べないから」という最初からの諦めの態度や、「注意した後の暗い雰囲気が嫌だ」などと考える主婦たち自身の気持ちが見え隠れする。
 「お手伝いの強要は子どもにしない」、「フライをすると子どもが衣をつけるのを手伝いたがりメンドウなことになるので、冷凍食品にする」など、子どもに手伝いをさせない家庭も目立つ。そんな主婦たち自身にも、「母親から料理を習った」という人はほとんどいない。「結婚が決まってから母に教わろうとしたら、母の方がイライラして自分でやってしまって教えてもらえなかった」と言う。


(5) 個化する家族たち
「昼食を作ろうとしていたのに、夫がセブン-イレブンのサンドイッチが食べたいと言って買ってきた」


 自分は作った方がおいしいと思うにもかかわらず、「家族が『選べるからいい』と言う」という理由で、家での味噌汁は通常インスタントを利用するという主婦もいる。「昼におはぎを食べさせようとしたら、これじゃなくてパンが食べたいと言って、子どもが自分でチョコパンを買いに行った」という家庭もある。子どもは、ほかの家族が食べているものでも、自分の好みでないものには興味を示さず、一口も箸をつけようとしないという。
 簡便食品や出来合い品は、女性の高学歴化や社会進出の影響で売れているわけではない。ガマンしない、譲り合わない、個の尊重の加速化と家族間の葛藤回避志向、そのような家族の要望に対応しきれない主婦に、絶好の商品として選ばれているようだ。「個化する家族」の姿が浮き彫りになっている。
 インタビューでよく聞かれた発言は、「子ども達はあまり白いご飯が好きではないらしい」など、「みたい」「らしい」という傍観者のような語り方であった。家族に対して直接確認を取ることをせず、遠巻きに反応をうかがっている主婦の姿がある。


(6) 指針なきルール指向
「納豆は夜食べる方が良いと聞いたので、毎日夕食に納豆を食べることを励行させている」


 「納豆は夜に」とルールを決めた主婦は、たとえ夕食がうどんであっても、必ず納豆を出している。「飲み過ぎると身体に良くないと聞いたので牛乳は朝と決めている」と言う主婦の家では「夕食時は牛乳禁止」。そこに臨機応変な姿は見られず、ルールの根拠は「良いと聞いたから」で、あまり深く理解していない。テレビや育児書、口コミなどで得た正しそうなことの寄せ集めのルールが多く、回数や量だけにこだわって、趣旨が忘れられているものも多々見られる。根本となる指針を持たないために、家庭の食卓を奇妙な形で崩してきている。
 お菓子や加工品などを選ぶとき、栄養を考えて「カルシウムたっぷり」と書かれているものを選ぶ、「食べてもいいか自分で判断する自信がない」ので賞味期限を守る、また、料理の作り方についても、「育児講座で習った海老餃子の作り方には『殻つき海老使用』とあったので、むき海老は使えない」とわざわざ殻つきを買ってきてむいている主婦もいる。書いてあることが絶対で、自分でいい加減に「自己判断」してはいけないと思ってやっていると言う。


(7) 言ってることとやってることは別
「私のアンケートの答え、合格でした?」


 第一ステップの事前アンケートの段階で、「栄養バランスを重視しているので、毎日のオカズは肉と魚を交互にして、かつ野菜の多い料理を心がけている」と答えた主婦の実際の一週間のメニューを見ると、魚は一回出しただけ、後は肉ばかりで、野菜はほとんど見られなかった。インタビューで理由を尋ねると、「家族が食べないものは作らないから、結局は野菜なども出さない」という回答。
 食DRIVEの調査を通していえる傾向は、「言ってること」と「やってること」の乖離がよく見られ、それが年々大きくなっているということ。この3年間にも3倍くらいの量に増えている。主婦へのアンケート調査で得られるのは、「聞かれたら『そう答える人』が何人いるか」ということだけで、「『そのような人』が何人いるか」ではない。
 この乖離の裏にあるのは、主婦の「正解主義」である。人に聞かれたら、実際は自分がそうしているかどうか厳しく問い直さずに、「正解」と思われる答えにマルをつけてしまうのだ。アンケート回答と、実態の矛盾を指摘したとき、「意識や考えと、実際に自分がやっていることは別ですから」とあっさりと切り返す主婦もいれば、自分のアンケートの答えについて、それが「合格」だったのかを尋ねる主婦もいた。


関連レポート

■インタビュー「食卓が語る日本の現在」岩村暢子氏
 (The World Compass 2003年10月号掲載)
■「豊かさ」の代償−家事労働の社会的分業がもたらすもの−
 (読売ADリポートojo 2003年10月号掲載)


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