T.今、なぜ金融ビジネスなのか
新規参入を促す「金融ビッグバン」
流通業の金融ビジネスへの参入が話題になったのは97年頃からだ。金融ビッグバンによって、新規参入の道が拓けてくると考えられたためだ。加えて、米国でのインストア・ブランチ(スーパーなどの店舗内に設置した金融機関の有人店舗)の急増や、英国の流通業の銀行業参入が報じられたことも、議論に拍車をかけた。
流行語としては既に色あせた感の強い「ビッグバン」であるが、その潮流は今も変わっていない。ビッグバンの基本理念は、金融ビジネスに競争原理を持ち込むことにある。それによって、サービスの高度化、利便性の向上、価格の引き下げ(預金金利などの場合には引き上げ)を促していこうという狙いだ。一口にいえば、顧客の満足度を高めさせようということである。
これは、他の産業では当たり前のことだが、護送船団方式に守られてきた金融ビジネスにとっては、いささか新鮮な経験となるだろう。
流通業にも変革の潮流
流通業の金融ビジネス参入を促したのは、金融サイドの変化だけではない。流通業サイドにも大きな要因があった。90年代以降の規制緩和を背景とする競争の本格化である。
流通業間の競争は、金融ビジネスに比べれば遥かに厳しかった。とはいえ、本格的な競争は、80年代までは一部の地域に限られていた。大半の地域では、大型店舗、チェーン企業は、一般商店のシェアを奪うことで、揃って成長していくことができたのである。
それが変わったのは、80年代後半、急速に規制緩和が進み、大型店同士、チェーン店同士の競合が本格化してからだ。それ以降は、企業としての利益を犠牲にした価格競争が繰り広げられ、90年代、流通業はかつてない利益の低迷を経験している。今、流通業は、価格競争一辺倒の消耗戦を抜け出す道を模索している。
競争力強化のための金融ビジネス
流通業の消耗戦脱出に向けた戦略は、大きく二つに分化してきている。第一は専門性の強化。一般商店をはじめ、専門店チェーンや食品スーパー、ホームセンターなどは、それぞれの商品分野の専門性を強化し、商品販売に付随する専門的なサービスや情報の提供力で顧客を惹きつけようという方向性だ。
それと対極をなす第二の方向性は、「ワンストップショッピング」の追求。衣料品を中心に食品、雑貨、家具、家電など、幅広い商品を扱う百貨店や総合量販店(GMS)、あるいは、24時間営業で、独身の若者の生活に最低限必要な商品を揃えたコンビニ。これらの業態は、いずれも、一つの店で一度に買い物を済ませられる「ワンストップショッピング」の利便性で、顧客を惹きつけてきた。それをさらに強化しようという方向性だ。
GMSやコンビニの品揃えの幅は、既に「商品」の範疇にとどまってはいない。GMSでは、自社店舗を中核とするショッピングセンター(SC)に映画館やレストラン、アミューズメント施設、スポーツ施設などを組み込む動きが盛んだ。コンビニでは、DPEやクリーニングの集配、宅配便の受付け、予約したチケットの発行など、「サービス」のメニューも、随分と広がってきている。金融ビジネスへの参入は、こうした流れの延長線上の動きとして位置付けられる。
U.第一幕は「連携」
当初は既存金融機関にもメリット
流通業の金融ビジネス参入が、自社店舗の競争力強化を主目的とするものであれば、それは金融ビジネスへの取り組み姿勢にも自ずと現れてくる。
まずいえることは、必ずしも自らが金融ビジネスを行う必要はないということだ。大規模なGMSやSCでは、集客力向上のために、他社が運営する専門店やアミューズメント施設を迎え入れることは普通に行われている。コンビニのサービス提供も、コンビニ自体は窓口となるだけで、実際のサービス(DPEやクリーニングなど)は専門の業者が担当するケースが多い。
金融ビジネスの場合も、大型店舗ではインストア・ブランチ、コンビニではATMの設置といった形で、金融機関と連携した事業展開が、第一歩となる。流通業の金融ビジネス参入といっても、いきなり既存の金融機関と新参の流通業とが、金融ビジネスのフィールドで競合するわけではない。
むしろ、流通業と連携した金融機関は、潜在的な顧客が多数集まる場所に、低コストで営業拠点を構築することが可能になる。流通業の金融ビジネスへの参入が、この段階にとどまっている限りは、金融機関にとって歓迎すべきことといえるだろう。
流通と金融の力関係
流通業と金融機関の連携は、双方にメリットがある。現段階では、流通、金融双方から、さまざまなアプローチが展開されている。そのプロセス、さらには、連携の形態に関しては、流通と金融の力関係が重要な意味を持つ。米国と英国で、流通と金融の連携の形態が異なっているのも、両者の力関係の差を反映したものと考えられる。
金融ビジネスが強力な米国では、金融機関が流通業の経営資源である店舗の一部を利用するインストア・ブランチの形態を採っている。一方、相対的に流通業の地位が高い英国では、流通業主導で新銀行を設立し、その業務を連携する金融機関が請け負うという形になっている。
日本ではどうだろう。現時点では、米国型のインストア・ブランチが先行している。少なくとも英国に比べれば、銀行の地位が高いということだろう。
ただ、店舗展開力、集客力に勝る有力流通業に対しては、金融機関からのアプローチが殺到している。そうした企業では、連携相手を選ぶにも、選り取り見どりの状況だ。そうなると、連携相手への注文も厳しくなってくる。
金融機関に課せられる課題
強力な流通業との連携は、金融機関にとって大きなメリットとなる。しかし、そのためには、超えるべきハードルも大きい。流通業サイドの狙いが、店舗の集客力、顧客の満足度の向上にある以上、提供する金融サービスにも、相応のレベルが求められるからだ。
その第一関門ともいうべきなのが、営業日、営業時間の問題だ。週末に来店客が集中する商業施設のなかで、金融機関のインストア・ブランチだけが店を閉めていては逆効果でしかない。平日にしても、そこだけ3時でお終いというわけにはいかない。
コンビニに設置するATMも、コンビニという業態の特性を考えれば、24時間とはいわないまでも、相当な長時間稼動が求められる。当然その間のメンテナンスやセキュリティ確保の体制も、流通サイドとの連携のなかで構築していく必要がある。
さらに、提供する金融商品・サービスを、店舗の性格にあわせてラインアップしなおすことが求められる。従来の店舗で提供してきたサービスをすべて揃える必要はないが、逆に、従来は扱っていなかった金融商品、サービスが求められる場合もあるだろう。
これらの課題は、金融機関にとって決して容易なものではない。しかし、ビッグバンを経て本格的な競争の時代を迎えれば、流通業との連携のためというより、生き残りを懸けて避けて通れない課題であり、金融機関の取組みは既にはじまっている。
V.第二幕は「侵食」
決済関連ビジネスは内製化の可能性
現時点では水面下で検討されているに過ぎないが、流通業は、次の段階では、より本格的に金融ビジネスの一角を「侵食」してくる可能性がある。ポイントとなりそうなのはコスト競争力の格差だ。人材にしろ店舗にしろ、金融機関の経営資源は、流通業に比べてはるかに高コストだ。もちろん、そうでなくては提供できない高度なサービスもある。しかし、比較的単純な商品、サービスに限定すれば、流通業の低コストの経営資源を活用して低価格で提供できるかもしれない。
その意味で、もっとも可能性が高いのは、本業の物販との関係が深い代金決済に関連する分野だ。この分野では、カード事業、消費者金融事業は従来から行っている。それらに加えて、英国のスーパーマーケット銀行のように、決済のベースとなる預金性の金融商品を自前で提供することも考えられる。
流通業にとって、決済関連ビジネスのメリットは、そこから得られる収益以上に、顧客情報収集に活用できる点にある。カード事業と預金性商品の提供を組み合わせると、顧客の購買活動を把握するために最適なツールとなる。
顧客情報活用の方策を模索しはじめている流通業にとって、決済関連の金融ビジネスは、ある程度採算を度外視しても取り組む価値のあるビジネスと位置付けられるかもしれない。そうなると、ただでさえコスト競争力に劣る既存の金融機関が対抗するのは、一層難しくなるだろう。
金融機関の対抗策−金融専門スーパーの登場−
一方、既存の金融機関も、新世代型のビジネスへ進化しようとしている。確実に登場するのが、さまざまな金融商品を一つの店舗で扱う業態だ。
従来は、預金なら銀行、株なら証券会社、保険商品なら保険会社と、別々の店舗に出向かなければならなかった。それを一つの店舗にまとめて顧客の利便性を向上させたビジネス。これは、食料品のカテゴリーでいえば食品スーパー、住関連商品でいえばホームセンターに相当するもので、いわば、金融専門スーパーだ(下図)。
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金融スーパーの可能性 |
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食品 |
住関連商品 |
金融商品 |
専門店
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八百屋
肉屋
お菓子屋 |
金物屋
建材店
系列家電店 |
現在の銀行
現在の証券会社
現在の保険会社 |
専門スーパー
- 専門性とワンストップショッピングの兼備
- 現時点での最有力業態
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食品スーパー |
ホームセンター
ドラッグストア
家電量販店 |
金融スーパー? |
総合業態
- ワンストップショッピングの利便性
- サービスの取り込み
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百貨店、GMS、コンビニ |
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これらの各種専門スーパーは、顧客の生活の一場面に焦点をあてて、そこで必要な商品、サービスをまとめて提供する業態、言い換えれば、特定の範疇で専門性とワンストップ性をバランスさせた業態ということができる。
この路線は、銀行を中心に、既存金融機関の戦略に組み込まれている。銀行員は、投資信託の販売を経験することで「預金を集める」という意識から「さまざまな金融商品を販売する」という意識にシフトしつつある。また、商品の供給元を確保するため、グループ内の連携を強化したり、新たに国内外の金融機関との提携関係を構築したりという動きも活発化している。
こうした動きの結果、登場してくるであろう金融スーパーと、流通業の金融ビジネスとの関係は、いささか予想し難い。預金性商品の供給を含む決済関連ビジネスでの「競合」はもちろん考えられるが、商品分野を棲み分けることができれば、インストア・ブランチやATMの相互接続による「連携」も視野に入ってくるだろう。
専業金融機関は機能の絞込みへ
かつて食品スーパーが登場したとき、商店街の八百屋や肉屋は大きな打撃を被った。それと同様の現象は、金融スーパーが成長する過程でも起こりそうだ。金融スーパーの流れに乗れない旧タイプの専業金融機関は苦しい状況を迎えることになるだろう。
品揃えでは金融スーパーが強力だし、アクセスの利便性とコスト競争力では、自社の店舗網を活用できる流通業に利がある。また、手数料自由化を待って、株式や保険商品のディスカウントブローカー、オンライン専門ブローカーも価格競争を仕掛けてくるだろう。
これらを前提にすると、顧客との窓口は、それらのチャネルに任せてしまって、商品の設計や企画に特化した方が有利なケースも多くなる。とくに、投資信託などのファンド商品や保険商品では、商品設計だけでも相当な収益が見込める。いわばメーカーと流通との役割分担だ。
一方、消費者金融は、流通業の侵食が予想される分野だ。インストア・ブランチやコンビニのATM設置によって、休日や夜間のキャッシングのニーズが低下する。また、物販にともなう信用供与は、顧客情報収集を狙う流通業がシェア拡大を図ってくるだろう。専業の消費者金融業には、市場規模とシェアの両面で圧力がかかるわけだ。
これに正面から対抗するのは難しい。ここでも、流通業との役割分担の考え方を持ち込むことが選択肢として浮かび上がってくる。審査システムの構築や与信管理、回収業務など、専門性を活かせる機能を代行することで収益を得ていく形だ。
競争が激化すれば、その裏返しで、連携の気運も高まってくる。これからの時代は、多くのビジネスにおいて、戦略の軸足をマーケット・シェアの拡大から、他社との連携におけるファンクション(機能)・シェアの向上へ移していくことが重要になってくる。
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