英国の小売市場では、上位企業間の厳しい企業間競争が展開されているが、下表に見られるとおり、まずまずの成長性、収益性を維持しており、上位企業がほとんど総崩れの状態にある日本の流通業とは、大きく様相を異にしている。好調な景気に支えられている面はもちろんあるが、果たしてそれだけなのか。そのあたりを、日本の流通業界の現状との比較を通して、考えてみたい。
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英国上位流通企業の2000年度業績 |
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売上高
(2000年度) |
売上高
成長率 |
税引前
純利益 |
自己資本
利益率 |
店舗数
(うち国外) |
テスコ |
210億ポンド |
11.7% |
10.5億ポンド |
19.5% |
907(215) |
セインズベリー |
172億ポンド |
6.0% |
5.5億ポンド |
11.5% |
638(185) |
セイフウェイ |
83億ポンド |
7.2% |
3.2億ポンド |
14.5% |
477 (12) |
マークス・アンド・スペンサー |
81億ポンド |
−1.5% |
1.5億ポンド |
3.1% |
492(178) |
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1.食品特化型業態が主力
英国の上位企業の特徴としては第一に、マークス・アンド・スペンサーを除くと、いずれも食品と日用雑貨に特化した事業展開だという点が挙げられる。各社が主力として展開しているのは、英国で"Super Store"と呼ばれる、売場面積2,500u前後のかなり大きな規模の店舗であるが、それでも食品と日用雑貨、ドラッグ、各種サービスの組み合わせで構成され、衣料品はほとんど扱われていない。
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テスコのSuper Store |
セインズベリーのSuper Store |
各社のSuper Storeのフォーマットは、基本的な部分ではほぼ共通している。生鮮食品、加工食品、酒類、日用雑貨等、食品スーパーのラインアップに加え、ドラッグ・ストアを内包した形態。肉、魚、惣菜、菓子、パンの店内加工・対面販売の売場が設けられている。ファーストフードのテナントを入れたフードコートの入った店舗もある。
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この、食品および日用雑貨に特化しているという点が、英国の上位流通業の好調の大きな要因と考えられる。これは、日本においても見られる現象で、衣料品を主力とした総合業態であるGMSこそ不振をきわめているものの、食品と日用雑貨に特化した食品スーパーやコンビニは健闘している。英国においても、衣料品主力のマークス・アンド・スペンサーは不振である。
食品特化型の堅調、総合業態の不振という傾向の背景には、さまざまな要因が考えられるが、大きなものとしては、消費水準の高度化にともなって、「衣」の分野が、次第に生活の基礎的、日常的な性格を薄め、ファッション性や流行に左右される領域に変質したことがあげられる。そのため、生活の基礎的な領域の延長という位置づけで衣料品を扱う総合業態が苦戦を強いられているのである。それに対して「食」の分野は、依然として人々の生活においてもっとも基礎的、日常的な領域であり、低価格と利便性を実現したスーパー、コンビニといったチェーン小売業の優位が揺らいでいないということであろう。
2.PBの威力−コンビニと披見されるビジネスモデル−
英国のSuper Storeは、前述のとおり単層・大型の食品スーパーで、米国の標準的な食品スーパーよりも一回り大きい。日本でいえば、イオングループ(ジャスコ)が展開しているマックス・バリューが最も近いタイプのフォーマットであるが、日本では、この規模の食品スーパーはきわめて少ない。日本の食品スーパーの場合、2,000u超級の店舗となると、並べるべき商品がなく、広い売場を持て余しがちになるようである。
Super Storeの売場を埋めている主役は、電子レンジやオーブンで再加熱するだけですぐ食べられる、調理済み食品である。焼くだけ、揚げるだけといった半調理済みの食材も多い。このカテゴリーは、食品のなかでももっとも付加価値が高い商品群である。しかもそのかなりの部分がPB(プライベートブランド)で占められている。この点も、英国の上位流通企業の大きな特徴の一つであり、加えて、好業績の主因の一つと考えられる。
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英国上位企業が主力とするPB食品 |
単身研修中の我が食卓の主力でもある。
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PBのメリットは、付加価値が高く利益への貢献が大きいというだけにとどまらない。自社だけで取り扱う商品であり、他社店舗との差別化が図れ、顧客のロイヤリティの向上、繋ぎ止めに役立つ。さらに、企業間での極端な価格競争を招きにくいという面もある。英国上位企業のPBは、調理済み食品の他、菓子、ワイン、コーヒー、紅茶、ティッシュペーパーなどの消耗品と、きわめて多岐にわたる。寡占市場での競争下にありながら、各社が利益を確保できているのも、50%近くに達するPB比率(加工食品、日用雑貨の売り上げに占めるPB商品の比率)によるところが大きい。
調理済み食品主力、高PB比率といった特色から、英国の上位企業は、日本における食品スーパーよりも、むしろコンビニに近いと言うことができる。店舗は食品スーパーそのものであるが、その背後にあるビジネスモデルは、むしろコンビニと比べられるべき要素を多く含んでいる。PBの開発・製造には事業規模が大きいほど有利であり、事業規模の格差と収益力の格差がスパイラル的に拡大する。そのため、PB主力という特質は、英国の上位食品小売業、日本のコンビニ、いずれにおいても、店舗展開の広域化、企業規模の拡大、寡占化の進行を必然化した。また、そのプロセスで、PBの開発力という製造業的な機能の強化と、小売基点のSCMの構築が進められた点も、両者に共通している。
それに対して、生鮮食品を主力とする日本の食品スーパーの場合には、広域での事業規模よりも、地元の生産者、消費者との密着度が競争力のカギとなるため、広域展開は難しく、地域ごとの群雄割拠の状態になっていたのである。
それでは、なぜ日本の食品スーパーが生鮮主力で、英国のSuper Storeが調理済み主力なのか。これは、一つには食文化の違いということになろうが、Super Storeが多彩な調理済み食品を提供したことで、人々の食生活が変化したという可能性もある。調理段階の付加価値を小売業が取り込もうという動きは、米国発の"HMR(=Home Meal Solution)"として知られ、日本の食品スーパーの取組みも活発化しはじめている。その動きの展開を考える際にも、英国の歴史から何らかの示唆を得られるかもしれない。そのあたりは、今後の課題としたい。
3.今後の展開と成長の方向性
食品と日用雑貨への特化、高付加価値の調理済み食品の比率の高さ、PB比率の高さ、といったファクターによって、英国の上位流通企業は、厳しい競争を展開しつつも、収益性を維持してきた。しかし、それも限界に近づきつつあるように思える。
そもそも、食品スーパーという業態は、消費の高度化にともなって市場の成長が鈍るため、成長性を維持しにくいという性格がある。それでも、他社、あるいは一般小売店の市場を奪う余地がある場合には、まだ成長性を確保することもできる。しかし、英国の場合には、食品市場に占める上位企業4社のシェアが既に5割に近く、成長余地は限られている。そうしたなか、今後の成長余地を模索する上位二社の動きが活発化してきている。現時点では、それぞれに重点の置き方は違うようだが、共通した三つの方向性を見出している。
第一は、食品スーパーの範疇内での新フォーマットの開発、展開である。とくに、都心部や住宅地における小規模店舗の展開は、両社に共通した戦略で、テスコではMetroとガソリンスタンド併設のExpress、セインズベリーではCentralとより小型のLocalと名づけられたフォーマットがそれにあたる。既に、テスコのMetroは38店(2001年2月末時点)、同Expressは45店(同)、セインズベリーのCentralは9店(2001年3月末時点)、Localは18店(同)が開設されている。
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Oxford StreetのテスコMetro |
Paddington駅構内のセインズベリーLocal |
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ガソリンスタンドに併設されたテスコExpress |
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第二は、食品スーパーの枠を超えた、より大型の業態の開発である。テスコのExtra、セインズベリーのSava Centreと称する業態がそれにあたる。いずれも"Hyper Market"と称し、衣料品、家具、家電製品などまで商品ラインを拡げている。衣料品を総合業態で扱うことの困難さは、前に指摘した通りであるが、両社とも、そこに挑もうとしているのである。ただし、業績不振のマークス・アンド・スペンサーに比べると、かなり低価格の商品に絞り込んだ展開が図られており、その点でも、Hyper Marketの本家であるカルフール(Carrefour、フランス)の路線を踏襲していくようである。
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テスコExtra |
セインズベリーのSava Centre |
4,000uを超えると思われる巨観店。衣料品、家電、家具などまで、品揃えの幅を広げている。ただし、実査に赴いた店舗を見る限り、テスコの店舗の方は、衣料品の売場はごく小さく、全体としては巨大な食品スーパーという印象。他方、セインズベリーの店舗は、衣料品にもかなりのウェイトを持たせている。また、店舗を2階に浮かせて1階部分を駐車場にあてた構造や店内レイアウトは幕張のカルフールとよく似ており、Hyper
Marketをより強く意識している感が強い。
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第三の方向性は、国外への進出である。この方向性では特にテスコの動きが顕著で、既にアイルランド(2001年末時点76店)、ハンガリー(同45店)、ポーランド(同40店)、チェコ(同12店)、スロバキア(同10店)、さらにはアジアでもタイ(同24店)、韓国(同7店)、台湾(同1店)に進出している。このうち、アイルランドを除くと、前述のHyper Marketを主力とした展開が図られている。
以上の三つの方向性のうち小型業態展開については、既存の事業の延長線上の展開であり既に実績をあげているが、市場は限られている。したがって今後の焦点は、国内外におけるHyper Marketの展開がどうなるかということになる。
この点に関しては、フランス内外のカルフールの店舗を実査したうえで、日米の企業も含む総合業態全般の動向、また今回触れなかったマークス・アンド・スペンサーの展開、英国の衣料品市場の動向も含めて、改めてレポートしたい。
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