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text022 2004年10月31日
「知を売る」ということについて

 エコノミストという仕事柄、「情報を売る」とか「知識を売る」ということについては、普段からいろいろと関心を持って考えたり、書いたりしてきました。現代の経済の潮流を考えるうえでは、知識や情報をどうとらえるかはきわめて重要な議論になっています。それに私自身も、知識や発想、考え方を売り物にする仕事をしているわけですから、自分の暮らしや生き方を考えるうえでも、関心を持たないわけにはいきません。そうした議論のなかでは、「情報」とか「知識」といった言葉の意味、概念についても問題になりますが、ここでは大雑把にまとめて、「知」という言葉を使っておきましょう。

 さて、そういった背景もあって、最近読んだのが「知識の社会史」(ピーター・バーク著、Amazonの紹介ページへ)という本です。この本では、15世紀のグーテンベルグによる活版印刷技術の発明を機に起きた社会の動きが描かれています。活版印刷技術の登場は、「知」の複製コストを大幅に低下させ、「知」のマスプロ化と市場化の契機となったわけですが、それにともなって、「知を売る」ということの社会的、倫理的、経済的な意味が問われました。この本では、そのあれこれが、とにかく膨大な事例を使って浮き彫りにされています。ヨーロッパだけでなく中国や日本の事例も含め、興味深いエピソードが豊富に取り上げられていて、拾い読みするだけでも、いろいろと考えるヒントが得られるでしょう。

 この本で取り上げられている時代の社会現象は、1990年代以降のインターネットの浸透で浮上してきた論点と、きわめて密接な関係があるように思えます。インターネットを使うことで、誰でも簡単に自分の「知」を公開、発信できるようになった結果、無償の「知」の供給が爆発的に増加しました。それを受けて、「知を売る」ことの意味が改めて問い直されているのです(詳しくは関連レポート「転機を迎えた情報優位の時代」をご参照ください)。

 実は、3年前にこのサイトを開設したのも、インターネットを使った情報発信を自分自身でやってみないと、現代の「知」をめぐる議論の本質に迫れないのではないかという思いがあってのことでした。実際にサイトを立ち上げてみたことで、インターネットの世界について、より深く考えることができたように思います。それに、多くの方々からご意見や感想を直接寄せていただけることも、大きなメリットであることも分かりました。加えて、自分の考えていることの整理にもなりますし、サイトからの情報発信が新しい「仕事」に結びつくこともありました。

 その一例と言いますか、まあ宣伝になるのですが、このサイトで趣味的に書いていた「映画に見る私たちの経済」のシリーズが、出版社の弘文堂が05年1月に創刊するWEBマガジン「recre」(フランス語で「休み時間」)」に連載されることになりました。気まぐれで超スローペースで書いてきた今までと違って、毎月規則的にアップしていきます。公開されましたら、改めてお知らせしますので、そちらものぞいてみていただければと思います。

 本題に戻りますが、無償の「知」を提供しているのは、個人のサイトだけではありません。企業の自己紹介的なサイトなどがそうですが、それらが提供する情報のなかには、きわめて有用なものが混じっています。シンクタンクや調査・研究機関のサイトがその最たるものと言えるでしょう。相応の知見を持った研究者が時間をかけてまとめた多彩な研究成果や調査データが無償で手に入るのです。ですがそれらは、ネット上に溢れる膨大な量の情報のなかに散らばっていて、一般のユーザーがそれらに体系的にアクセスするのは容易なことではありません。この状況は、書き手にとっても読み手にとっても、たいへんに不幸なことです。

 そうした状況に風穴を開けようという試みもあります。新しく開設された“i-HUB”というサイトもその一つです(URL http://www.i-hub.jp/)。このサイトでは、主要なシンクタンクや調査・研究機関がWEB上にUPする最新のレポートを順次紹介するとともに、個々のユーザーにとって有用な情報を、過去のレポートのなかから効率的に探し出すためのサービスが提供されています。これもまた、無償です。詳しくは、そちらのサイトをのぞいてみていただければと思いますが、未来経済研究室をいつも見ていただいている方にはもちろん、たまたまこの文章に出会った方にも、役に立つサイトだと思います。

 無償でありながら価値のある「知」の氾濫は、「知を売る」ビジネスの在り方をどう変えるのか。いくつもの仮説はありますが、BLOGの登場や、掲示板サイト2チャンネルから生まれた単行本「電車男」(新潮社刊、Amazonの紹介ページへ)のヒットなど、新しい動きも次々と出てきていて、結論が見えてくるのはまだまだ先のことになりそうです。このサイトでも、繰り返し取上げていくことになるでしょう。


関連レポート

■転機を迎えた情報優位の時代−未来のカギとなる生産と消費の融合−
 (読売ADリポートojo 2000年8月号掲載)
■新時代の情報流通
 (読売新聞媒体資料 2001年11月発行)


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