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text020 2004年5月18日
木を植える人の話

 「木を植えた男」という絵本があります(Amazonの紹介ページ)。二度の世界大戦をはさむ40年近くにわたって、フランス南部の荒れ野に、人知れず独りで数十万本、あるいは数百万本もの木を植え、広大な森を作った男の話です。原作者ジャン・ジオノが創造した主人公エルゼアール・ブフィエという人物の魅力と、絵の美しさで、私の大好きな絵本の一つです。カナダのアニメ作家、フレデリック・パックがアニメ化した作品は、1987年のアカデミー賞で短編アニメ賞を受賞しています。

 絵本の「木を植えた男」はあくまでもお話なのですが、実は最近ある本に出会い、日本には現実に3,000万本もの木を植えた人が実在していることを知りました。本の題名は「魂の森を行け」(一志治夫著、Amazonの紹介ページ)。描かれているのは日本の「木を植えた男」、いや「植え続けている男」、植物学者の宮脇昭先生です。

 宮脇先生は1928年生まれ、広島文理科大学や横浜国立大学、そして本場ドイツで植物学を学び、日本中の本来の植物の在りよう、「潜在自然植生」の調査に尽力、70年代からは、日本に本当の森を甦らせるための植樹活動を精力的に進めてきた方です。植樹活動に取り組むきっかけになったのは71年、環境問題への対応を考えはじめた新日本製鉄の依頼で、同社の工場の周りに森を作る仕事を引き受けたこと。その後、さまざまな企業や役所、自治体を巻き込んで、日本のいたるところ、さらには東南アジアや中国、南米にまで出掛けて、地元の人たちと一緒に木を植えていきます。

 先生が、そうやって多くの人々を巻き込んでいけたのは、森を作るための知識や技術の確かさが認められたのはもちろんですが、やはり、先生の情熱と人柄抜きには考えられなかったことだろうと思います。私自身は、本で読んだのとテレビで拝見しただけですが、本当に魅力的な方だと感じました。そのあたりは、この「魂の森を行け」をお読みいただければご理解いただけるでしょう。

 ジオノの「木を植えた男」に惹かれるのは、長い年月、たった独りで一つのことをやり続けたブフィエの、いわば「孤高」の気高さといったようなもののためだと思います。それと対照的に、宮脇先生はとにかく大勢の人を仕事に巻き込んでいきます。現実の宮脇先生と、お話のブフィエとを比べても意味はないのでしょうけれども、私が一番すごいなあと思ったのは、実はこの点でした。

 宮脇先生と一緒になって木を植えた人たちは、森の再生について、さらには環境の問題全般について、先生と認識を共有することになります。そのなかには、現時点で企業や役所を動かしている即戦力の人たちもいれば、未来の日本、未来の世界を背負う子供たちもいます。ここでも、先生の森作りの持論である「混ぜる、混ぜる、混ぜる」が実践されています。先生の活動は、森を甦らせるとともに、「人材の森」を育てることにもなっているのです。

 この本と宮脇先生のことを私に教えてくれたのも、先生と一緒にマレーシアに出掛けていって木を植えてきた女性です。20人ほどのボランティアツアーで旅費は自腹、有給休暇を取っての参加だったそうですが、彼女もやはり、先生が育てた人材の森の一本と言えるでしょう。彼女の人生において、宮脇先生との出会いは貴重な宝物になるのだと思いますが、私たちみんなの未来にとっては、先生を取り巻く彼女たちの存在こそが、たいへん大きな財産になっていくのではないでしょうか。


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