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text016 2003年4月21日
今、お薦めの二冊−「亡国のイージス」と「夏の災厄」−

 何の気なしに読んだ本が、経済や社会について考えるヒントになったりきっかけになったりということは結構あるものです。で、ここでは楽しんで読める小説のジャンルから、2003年春、今まさにお薦め、という本を二冊紹介してみたいと思います。


亡国のイージス

 まず一冊目は、「亡国のイージス」(福井晴敏、講談社文庫、Amazonの紹介ページへ)。海上自衛隊の新鋭イージス艦「いそかぜ」の日本政府に対する反乱が物語の柱になります。私は文庫で読んだのですが、上下2巻合わせて1,100ページを超える長編も冗長さはまったくなく、ひたすら骨太な物語です。魅力的な人物造型と息をつかせないストーリー展開で、とにかく面白い。ラスト近くでは思わずグッとくる場面の連続です。

 三人の主人公と並ぶもう一人の主役ともいえるイージス艦「いそかぜ」は、最新鋭の対空防衛システムを搭載し、国防の要と位置付けられた艦です。ですが、今の日本は守るに値する国なのか。そもそも、守るべき国家とは何なのか。この作品が提示する重い問いかけです。

 イラクとの開戦を巡って世界が揺れ、人も国もそれぞれのアイデンティティを問われる局面で、米国に逆らえるはずがないという現実論に流されて、国としてのコンセンサスを探ることさえせずにきた日本。この現実を前にして、本作の問いかけは、まさに「今」の私たちの心に重く響くものだと思います。


夏の災厄

 次の一冊は、「夏の災厄」(篠田節子、文春文庫、Amazonの紹介ページへ)。東京近郊のベッドタウン埼玉県昭川市を謎の伝染病が襲うという話です。疫病の恐怖を描いた小説としては、マイケル・クライトンの「アンドロメダ病原体」や小松左京の「復活の日」などが有名ですが、「夏の災厄」は、日本の防疫体制の脆さ、さらに言えばその背景にある硬直的で組織防衛を優先する行政システムと官僚機構の問題に焦点をあてている点で、異彩を放っています。

 この作品には、「グッとくる」ヒーローは登場せず、偏見を持ち保身を図る等身大の人物が主人公に据えられています。SFというよりは、リアルな社会派の作品という趣です。患者からは日本脳炎のウィルスが検出されるが、症状の激しさも感染力も従来の日本脳炎とは桁違いという設定は、「謎の新型肺炎SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)」が隣国で猛威を振るっている今、一層のリアリティを持って迫ってきます。


 この二冊、作品としてのタイプはまったく違いますが、物語としての面白さに加えて、日本の「今」を考えるきっかけとしても最適だと思います。一読をお薦めします。


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