Views
text011 2002年10月14日
「三井物産」について

 年初来相次いでいる企業の不祥事。そのなかでも、私が勤めている研究所の親会社である三井物産は、最も大きな批判を浴びた企業でした。関連会社の一員である私には、この問題について公に論評することは許されないのかもしれませんが、こういうプライベートのwebサイトですから、断片的ではありますが、この問題に関する私の考えを書いておきたいと思います。

 私は、三井の研究所に入る時から、周囲の人には「三井物産という会社を研究対象と考えている」と言い続けてきました。それから約3年半になりますが、その間、三井物産グループの企業の一員であると同時に観察者でもあるという、インサイダーとアウトサイダーの中間的なポジションで働いてきました。

 そうしたマージナルな場所から、三井物産という企業を見てきて感じるのは、昔から言われている「人の三井」という表現は、実に的確な評価ではないかということです。といっても、たとえば「組織の三菱」に比べて、三井の方に立派な人が多いとか、優れた人が多いということではありません。良くも悪くも、三井物産という会社は、組織としての力よりも、社員一人一人の力を発揮させることで発展してきた会社なのだろうという意味です。

 今の三井物産は、従業員数1万人を数える大企業で、大部分の社員は、既存の事業を維持していくことに力を注いでいるものと思われます。その中で、やる気と能力、そして運に恵まれた、一握りの人たちが、新しい事業を創造し、企業を成長させていく原動力となっているのでしょう。

 私たちの研究所の役割は、物産マンと力を合わせて新しい事業を創造していくことにあります。そのため、私が日々接している物産マンの多くが、事業創造を志向する人たちであり、私から見ても、実にアグレッシブで、魅力的な人々です。新しい事業を創造していくためには、普通のことを普通にやっているわけにはいかない。常識を超えた発想と、先輩たちの成功体験を踏み越えていくだけの情熱が欠かせません。それを持った人が三井物産という企業の成長エンジンであり、企業カルチャーを作ってきたのだと思います。

 今回の一連の不祥事に関わった人たちを、私自身直接知っているわけではありませんが、彼らもまた、新しい事業の創造に情熱を注いできた人たちだったのかもしれません。そして彼らの場合、常識や過去の成功体験に縛られないカルチャーが、間違った形で現れてしまった、ということではなかったのでしょうか。

 三井物産の自由で常識に縛られないカルチャーは、私のような立場の者にとっても、ある種の魅力を持ったものです。しかし、それが間違った方向へ向かってしまうと、企業にとって致命的な打撃を与えかねない、諸刃の剣であることも、今回の事件で明らかになりました。この諸刃の剣を、これからどうコントロールしていくか。これは、三井物産の経営層、そして企業内シンクタンクである私たちの研究所が考えていくべき課題です。もちろん私自身も、その研究所の、また三井物産グループの一員として、同時に一人のエコノミストとして、この問題には関わり続けていかなくてはならないと考えています。


Views & Impressions バックナンバー一覧


<< TOPページへ戻る
<< アンケートにご協力ください
Copyright(C)2003