ロンドンから帰って3日目から、もとのように毎朝出勤する日々に戻ったのですが、定期券を買いに行って驚きました。Suicaです。ご存知でしょうか。東京周辺のJRと東京モノレール(羽田空港−浜松町)で使えるICカード式の新型定期券とプリペイドカードの総称です。ウリは、自働改札機に近づけるだけで出改札できることと、前もってカードに入金しておけば精算しないで改札を通ることができること(詳細はJRのHPへ)。
Suicaは、私がロンドンにいる間にすっかり定着していたようで、昨年11月の登場から5月までの段階で既に400万枚近くが発行されているとのことです。今後は、入金したお金を運賃以外にも使えるようにするとか、クレジットカードの機能を追加したりという計画もあるようです。さらに、携帯電話にSuicaの機能を持たせたり、指定券のネット販売との連携など、さまざまな展開も考えられています(その先には、顧客の購買データの収集という目的が見え隠れしますが、その問題は、また別の機会に書きたいと思います)。
このSuicaの急速な展開振りに驚いたわけですが、実は、ヨーロッパでも、それぞれの街の地下鉄やバスの入改札の仕組みについて、ちょっと考えされられることがありました。まずはドイツ。デュッセルドルフとミュンヘンの二つの街を歩いたのですが、これらの街では、地下鉄や路面電車の駅にゲートがないのです。券売機で切符を買って、ホームや車内にある改札機で自分で改札するという仕組みです。ですから、はっきり言って、切符を買わないで乗り降りすることも簡単にできてしまいます。
フランスでは、マルセイユからリヨンまで、ご自慢の超高速列車TGVに乗ったのですが、乗車駅、車内、降車駅の間、一度も切符を確かめられることはありませんでした。全席指定ではありますが、切符なしで乗ることは十分できそうです。駅に停まるたびに、乗ってくる人を気にしてゴソゴソと席を移っていた女性がいましたが、彼女がそうだったのかもしれません。
旅行ガイドによると、ドイツでもフランスでも、検札係が巡回していて、不正乗車がバレると結構高額の罰金を払うという決まりになっているので、絶対にキチンと切符を買って乗るようにと書いてありました。私の研究所の同僚で、ドイツ出身のミヒャエル・フアマン研究員の話では、ドイツでは、不正が見つかったときの罰金は、正規の料金の百倍位にもなるそうです。まあ、実際にどのくらいの頻度で検札係が回っているのかは、よく分かりませんでしたが。
ある意味、おおらかな仕組みではありますが、これはこれで、一つのシステムとして成立していそうだと感じました。ある程度の無賃乗車は仕方ないという前提で、人件費や自働改札機の導入費用といった、改札のためのコストを節約しようという考え方です。経済的には、無賃乗車による被害と、節約できる改札コストのどちらが大きいのかが問題です。
日本では、JRでも私鉄でも、当初は改札のために駅員を立たせていましたが、そのコストを抑えるために自働券売機や自働改札機を導入、さらには改札機のところで行列ができないようにSuicaを入れる、といった具合に、次々と設備投資を行ってきました。ちなみに、JR東日本がSuicaの導入のために使ったお金は、自働改札機や券売機など450億円にのぼったそうです。こうした一連の投資、果たして割にあっているのかどうか。ドイツ流の方がコスト・パフォーマンスが良かったのではないかという疑問が残ります。
そういう損得勘定以前に、ヨーロッパでは、社会システム全体が、市民相互の信頼関係を前提に組み上げられているということもあるようです。実際、子供がいたずら気分でやったりする他は、不正をする人はごく限られているそうです。人々の行動様式の深いところに根ざしたキリスト教文化の影響があるのかもしれません。
それでは、日本の鉄道の検札システムが厳格なのは、日本人が、放っておくと不正をしがちな民族だからなのでしょうか。もしそうなら悲しいことですが、ロンドンの地下鉄にも、日本と同じように自働改札のシステムが導入されています。パリでも、出口はフリーですが、乗車時にはゲートがあります。逆に日本でも田舎の鉄道では、乗降時になんのチェックもない場合もあります。
どうやら検札が厳しいのは大都市の特徴のようです。大都市では市民相互の信頼関係を前提にできないからなのでしょうか。信頼関係を前提にできない社会システムは、その分コストがかさみます。公共交通機関の改札コストは、そのごく一部に過ぎません。これは、大都市への人口集中の問題が極端に進んだ日本の社会が抱える大きな問題と言えるのではないでしょうか。
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